2019年のスギ花粉シーズンは、舌下免疫療法がついに5年目を迎えます。今や日本の国民病といわれているスギ花粉症。くしゃみや鼻水で春の訪れを感じる方も多いのではないでしょうか。日本医科大学耳鼻咽喉科学教室准教授の後藤穣氏に、舌下免疫療法のコツや、ベーシックなスギ花粉治療、今のスギ林の樹齢などを教えてもらいました。
監修 後藤 穣 氏 日本医科大学耳鼻咽喉科学教室准教授
4人に1人のスギ花粉症
今や2人に1人とのデータも
発作性、反復性のくしゃみ、水様性の鼻汁、鼻閉を主症状とする花粉症は、植物の花粉を抗原として発症するI型アレルギー疾患で、抗原となる植物の花粉が飛散する期間にのみ症状が現れる季節性のアレルギー性鼻炎です。原因となる主な抗原としては、スギ、ヒノキ、ハンノキ、シラカンバ、イネ科、ブタクサなどがありますが、日本で最も患者数が多いのがスギ花粉症です。
スギ花粉症は日本特有の花粉症(英名:Japanese Cedar Pollinosis)で、アメリカに多いブタクサ花粉症、ヨーロッパに多いイネ科花粉症と並んで、世界の3大花粉症とされています。日本では、スギ花粉症が初めて報告されて以来50年あまりの間に患者数は年々増加し、2008年の調査1)ではスギ花粉症の有病率は26.5%と報告されました。つまり日本人のおよそ4人に1人がスギ花粉症ということになります。現在では、有病率のさらなる上昇についても指摘されています。全国調査ではありませんので日本全体の有病率とまではいえませんが、東京都が2017年12月に公表した花粉症患者実態調査報告書では、都内3区市の住民を対象としたアンケート調査と検査の結果から推計したスギ花粉症の推定有病率は48.8%と報告されています。
患者数増加には全国のスギの樹齢が関係
有病率の上昇はしばらく続く見込み
ここまでスギ花粉症患者が増加した背景には、北海道と沖縄を除く全国各地に広がるスギの人工林において、花粉を多く生産する樹齢のスギが増えたことが挙げられます。日本では戦後の高度経済成長による建築用木材の需要増大により、各地で大量にスギ・ヒノキの植樹が行われました。しかし、その後高度経済成長の終焉とともに木材の需要が低下したこと、より安価な海外産の木材が流通するようになったことなどから、国内のスギの伐採量は減少し植樹されたスギはそのまま放置されることになりました。 その結果、花粉を大量に放出する樹齢25年以上のスギが現代に多く残されました(図1)。つまり、抗原となるスギ花粉の飛散量増加に比例するように、スギ花粉症患者は増加の一途をたどったのです。
スギの花粉放出は樹齢100年まで勢いは衰えないこと、スギ花粉症発症年齢の低年齢化がみられること、自然寛解が少ない疾患であることなどから、スギ花粉症は今後も有病率の上昇が続くといわれています。林野庁では、花粉発生源対策として、雄花を全く着けないかごくわずかしか着けずほとんど花粉を出さな い「少花粉スギ」や、雄花は着けても花粉を全く出さない「無花粉スギ」の開発と苗木の普及という取り組みを進めています。しかし、植樹されるスギ苗木全体に占める花粉症対策スギの苗木の割合は非常に低く、また、現在あるスギを全てそのようなスギに植え替えるには膨大な年月がかかるといわれていますので、残念ながら現代のスギ花粉症の軽減に直結するものではないといわざるをえません。
花粉症の病態
免疫反応の制御機構が低下
ここで、簡単に花粉症の病態を紐解いてみましょう。花粉症はI型のアレルギー性疾患といわれています。生体内に異物が侵入すると、異物を排除するなど生体の恒常性を保つために免疫システムが働きます。これは、本来正常な生体の防御機構ですが、この免疫応答が即時的に過剰になるのがI型アレルギー反応です。花粉が体内に侵入したからといって全ての人で感作が成立するわけではありません。前述の通り、異物を排除しようとする働き自体は正常な免疫応答です。健常人では、この反応が過剰とならないように、制御性T細胞(Treg)を始めとした制御性の細胞や、それらの細胞が産生する抑制性サイトカインが免疫反応にブレーキをかける制御機構として働き、免疫の恒常性が保たれています。一方、花粉症では、こうした制御機構が低下しているといわれています。
花粉症の治療の基本は抗原回避
根治を目指すアレルゲン免疫療法も
通年性も含め、アレルギー性鼻炎全体の約95%は抗原が同定されますので、まずは抗原の除去と回避が最も重要となります。完全な抗原除去、回避は不可能でも、セルフケアにより曝露量を減量させるように指導することが重要となります。鼻アレルギー診療ガイドライン2016年版に記載されているセルフケアとしては、①花粉情報に注意する、②飛散の多い時の外出を控える。外出時にマスク、メガネを使う、③表面がけばだった毛織物などのコートの使用は避ける、④帰宅時、衣服や髪をよく払ってから入室する。洗顔、うがいをし、鼻をかむ、⑤飛散の多い時は窓、戸を閉めておく。換気時の窓は小さく開け、短時間にとどめる、⑥飛散の多い時のふとんや洗濯物の外干しは避ける、 ⑦掃除を励行する。特に窓際を念入りに掃除する、の7項目があります。
また、抗原の除去と回避に加え、症状緩和や発作予防のために薬物療法を行います。しかし、薬物療法はあくまでも対症療法であり、花粉症を根治させる治療ではありません。根治や長期寛解を期待できる唯一の方法はアレルゲン免疫療法です。薬物療法とアレルゲン免疫療法は、拮抗または重複する治療法ではありませんので、薬物療法で一時的な症状を改善させながら、アレルゲン免疫療法で疾患の根治を目指していきます。
薬物療法
第2世代抗ヒスタミン薬と鼻噴霧用ステロイド薬
薬物療法では、重症度(表1)や病型に応じて薬剤を選択しますが(表2)、いずれにしても第2世代抗ヒスタミン薬や鼻噴霧用ステロイド薬は花粉症の治療に欠かすことのできない薬剤です。これらにプラスして、鼻閉がある場合には、ロイコトリエン受容体拮抗薬や第2世代抗ヒスタミン薬と血管収縮薬の配合剤、点鼻用血管収縮薬などを用いて治療します。以下に、抗ヒスタミン薬、鼻噴霧用ステロイド薬、点鼻用血管収縮薬についての留意点をご紹介します。
抗ヒスタミン薬
初期に開発された第1世代抗ヒスタミン薬は、即効性はあるものの効果の持続が短く、中枢神経抑制作用による鎮静や認知機能低下、眠気などが強いという問題点がありました。これを改善したのが1980年以降に開発された第2世代抗ヒスタミン薬です。さらに1990年代以降に発売された第2世代の抗ヒスタミン 薬は、脳内移行性が低い非鎮静性の薬剤となっており、現在の処方としてはこれらの非鎮静性の抗ヒスタミン薬が中心となります。
しかし、第2世代の非鎮静性の薬剤でも、眠気を催すことがある旨が添付文書に記載されている薬剤もあります。日常的に自動車の運転などを行う患者さんでは、フェキソフェナジン、ロラタジン、ビラスチン、 デスロラタジンの4剤から選択すると良いと思います。また、貼付剤というこれまでにはない剤型の抗ヒスタミン薬や、抗ヒスタミン作用だけでなく、鼻閉の原因となるうっ血を引き起こす血小板活性化因子(PAF)に対して拮抗阻害作用を持つ薬剤などが登場し、さらに薬剤選択の幅が広がりました(表3)。
鼻噴霧用ステロイド薬
鼻噴霧用ステロイド薬は、「症状が激しい時期には毎日使用しなければ十分な効果が得られない」という点が理解されていないことも多く、患者さんには説明が必要と思われます。また、ステロイド薬というと、未だに体に害がある怖い薬と誤解している患者さんもいますので、鼻噴霧用ステロイド薬の安全性についてもしっかりと説明することが重要です。
点鼻用血管収縮薬
点鼻用血管収縮薬は、交感神経α受容体を刺激することで鼻粘膜血管が一時的に収縮し鼻閉の改善が得られる薬剤で、鼻閉、鼻粘膜腫脹が強い症例に用いられます。点鼻用血管収縮薬で注意すべきは、連続使用により効果の持続時間が短くなるだけでなく、使用後に反跳的に血管が拡張し鼻粘膜腫脹が強くなり鼻閉の症状が増す、いわゆるリバウンド状態を引き起こすことです。即効性のある薬剤ですので、鼻閉の症状の強い時に短期的に使用して、改善が得られたら速やかに使用を中止し、他の薬剤へ切り替える必要があります。リバウンドの可能性も含め、使用回数および使用期間について、十分に説明を行うことが重要です。
アレルゲン免疫療法
免疫寛容を誘導し根治を狙う
アレルゲン免疫療法は花粉症に対する唯一の根治療法です。病因アレルゲンである花粉を日常的に投与し、自然曝露よりも高い量の抗原を体内に蓄積することで、自然曝露で惹起される免疫応答(I型アレルギー反応)とは別の免疫応答が誘導されると考えられています。効果発現のメカニズムは十分に解明されていませんが、アレルゲン免疫療法を行うと抗原特異的IgG およびIgA、Tregが増えることが分かっていますので、それらがI型アレルギー反応に対して抑制的に働いていると考えられています。いずれにしても、アレルゲン免疫療法では、抗原に対して感作は成立しているものの免疫の過剰反応は起こらない、いわゆる免疫寛容状態の誘導を狙いとします。
舌下のアレルゲン免疫療法によるスギ花粉症の治療効果
日本では古くから皮下注射によるアレルゲン免疫療法が行われてきましたが、2014年よりスギ花粉症に対する舌下免疫療法(Sublingual Immunotherapy:SスリットLIT)が臨床に導入され、今年で5年目の花粉飛散シーズンを迎えます。スギ花粉症に対するSLIT施行4年目までの治療効果の検討によると、鼻症状(くしゃみ・鼻汁・鼻閉)や併用した薬物のスコアがSLIT非施行群(初期療法のみ施行)と比較して1~4年SLIT施行の各群で改善したこと、また、SLIT施行3年目の31.9%、4年目の41.0%の症例が寛解に至ったことが報告されています2)。
ただ、アレルゲン免疫療法は長く続ければ続けるほど効果が増強されるというものではありません。1〜2年の施行ではまだ免疫寛容が誘導されているかは不明ですが、3年ほどでその患者さんの免疫応答の改善幅としては最大となっているのではないかと考えています。ただし、SLITを中止すると免疫寛容の状態が維持できず、再度アレルギー反応が強くなってしまう患者さんもいますので、効果を維持する意味で3~5年継続した後に中止し経過を観察するというのが現在の基準となっています。
アドヒアランスの維持が課題のSLIT
改善点を患者と探る
SLITでは、患者さん自身が毎日抗原を摂取することで免疫応答を変化させ、寛解を目指すため、治療効果は患者さんのアドヒアランスに依存する部分が大きいといえます。しかし、直接的に症状を抑える薬剤の服用ではないこと、花粉症の症状が生命に関わるものではないこと、治療期間が長期にわたることなどから、アドヒアランスが低下しやすいのもSLITの特徴です。
朝起きたらすぐに服用する、会社で昼食後に服用するなど、個々の生活サイクルの中にSLIT製剤の服用をうまく組み込み、高いアドヒアランスを維持している患者さんもいますが、多忙な生活で外出が多いといった生活を送られ、忘れずに決まったタイミングで服用することが難しいという患者さんも多いかと思います。ときどき服用を忘れることがあるという程度であれば、治療を継続しても問題ないと思われますが、最後の服用から長期間が経過した場合には安全性の面で注意が必要です。SLITによるアナフィラキシーの発現頻度は皮下注射のアレルゲン免疫療法に比べ低いとされているものの、導入初期は用量を漸増する治療ですので、中断後の再開については投与量調整などに配慮し、慎重に行う必要があります。
また、受診間隔が延びてしまっている患者さんでは、アドヒアランス維持のためのコミュニケーションが重要となります。「アレルゲン免疫療法は毎日抗原を服用することで根治の可能性が期待できる治療法」ということを繰り返し説明するとともに、服用を忘れることがあれば、その原因は何か、どうすれば改善できるかなどを患者さんと一緒に探ることが大切です。実際に私の患者さん本人が工夫されたケースをコラムにてご紹介します。
花粉症のOTC薬
軽症~中等症の患者ではセルフメディケーションも
OTC薬の抗アレルギー薬と点鼻ステロイド薬を適切に用いれば、軽症~中等症程度であれば症状の改善も可能と思われます。その場合、非鎮静性の抗ヒスタミン薬を選択することが重要です。また、多くの市販点鼻薬には血管収縮薬が含まれているということにも注意が必要です。前述の通り、点鼻用血管収縮薬を長期に使用すると悪循環に陥ることになります。OTC薬を正しく用いることはセルフメディケーションとして非常に意義のあることですが、OTC薬を服用しても症状が軽減されなければ、早めの受診が必要なことはいうまでもありません。
参考文献
1) 馬場廣太郎ほか:Prog Med 28:2001-2012, 2008.
2) 湯田厚司ほか:アレルギー 67:1011-1019, 2018.
column 患者自身によるアドヒアランス改善のための工夫
スギ花粉症とダニアレルギー性鼻炎に対するアレルゲン免疫療法を施行して2年が経過した40代主婦Kさん。フリーランスで仕事もしていることから多忙で外出も多く、睡眠や食事などの時間も日によって異なるため服用のタイミングが固定できず、以前からときどき服用を忘れることがあった。さらに、近居の義母に介護が必要となり、朝から時間に追われる日々を過ごしているうちに、服用を忘れることが多くなり、次の受診まで2カ月近く空いてしまった。詳細な服用状況を確認したところ、全く服用していなかった期間があるわけではなく、服用できるときは以前からの残薬を服用していたということで、そのままの投与量で治療を継続した。
Kさん本人もアレルゲン免疫療法では継続した服用が非常に重要であることを認識していたことから、アドヒアランス改善のために自身で工夫し、その後はほぼ忘れることなくスギ花粉とダニの2剤のアレルゲン免疫療法薬を服用できるようになった。
K さんが行ったアドヒアランス維持のための工夫
原因分析
服用を忘れてしまう原因として、日によって1日のタイムスケジュールが異なるため服用時間を決めていない、服用したか否かを忘れてしまい結果的に服用しない日がある、スギ花粉とダニの2剤の服用間隔を空けることが煩雑なため服用を後回しにしてしまう、などが考えられた。