第8回「ロールプレイによるメモの取り方練習」
2020年1月号と2月号に取材記事を掲載したセミナー「薬歴の達人」。本セミナーは2019年4月にスタートした全9回の講義で、薬歴に関し毎回異なるテーマが設けられている。クレデンシャルとしては、第6回からレポートをスタートしている。そんなわけで、今回はセミナーとしては第8回目に当たる回のレポート。この日も会場や web中継で熱心な受講者の姿をみた。
薬剤師が陥りやすいブロッキング
今回のテーマは「ロールプレイによるメモの取り方練習」。講義は、「ブロッキング」の説明から始まった。
ブロッキングとは、「自分の思い込みや先入観で相手の話をきちんと受け取れなくなっている状態」を指す。相手の言葉をブロックしてしまい、聞こえているのにもかかわらずそれを認識していない状態となる。薬剤師が患者に対しブロッキングすると、事実を誤認したままアセスメントするため、結果として的外れな服薬指導になってしまう可能性が高い。
ブロッキングの典型的なパターンとして、「リハーサル型」というものがあるという。患者の質問から指導すべき事柄を、まるで頭の中で“リハーサル”するかのように思い浮かべてから患者の前に立つ。しかし、患者は必ずしもその順序どおりに回答する訳ではないため、薬剤師は患者の言葉をそのまま受け取ることができなくなってしまう。これを解消するには、項目の順番まで決めないことが重要となる。「短冊形」といって、頭の中で「七夕の短冊」のように各項目をヒラヒラと順序をつけずになびかせておき、回答を得られたものからひとつずつ外し、残った短冊について最後に確認するようなイメージ、と服薬ケア研究会会頭 岡村祐聡氏は話す。
見た目や先入観で「このような人だ」と決めつけてしまうパターンもある。初見の外見や話し方だけでなく、かかりつけの患者としてよく来局する患者のキャラクターを決めつけた結果、普段と違う様子で違う内容を話した患者に真摯に対応せずにその患者を傷つけてしまうこともある、と岡村氏。ほかにも、自分の興味や関心で話題を引っ張ってしまい相手の言葉に耳を傾けることが難しくなってしまうパターン、過去にあった自身の体験を投影しているだけに終始しているパターンなどもあるという。しっか りと患者の話を聞いているつもりでも、頭の中では自分自身のこととして変換して聞いてしまうこともあるようだ。
ブロッキングへの対応として、自分への疑いと即座の修正が必要
問題なのは、ブロッキングは無意識のうちに陥る状態のため、それを自覚しにくく、他者に指摘されない限り気づかないケースが多いという点だ。しかし、他者がそれに気づき指摘や修正をしてくれる場面など、現実的にはほとんどないと言っていいだろう。日頃の薬剤師の業務で、自身の服薬指導の会話をその場でじっくり聞いてもらいブロッキングの有無についてフィードバックを受けることなどはできない。結局、ブロッキングを起こさないためには、自身の状態に気付き、自らの意志をもってブロッキングを外す以外に方法はないという。「自分はブロッキングを起こしていないだろうか」「今のはブロッキングではないだろうか」と、常に自らを振り返る習慣が必要とのことだ。
一番大切なのは、今まで自分として考えていたことと少しでも違う話が出てきたら、これまでの考えを瞬時に捨て去り、心の中を白紙にして相手の話をよく聞くことである、と岡村氏は説く。
非言語のコミュニケーションの重要性
一説によると、人間のコミュニケーションは言語2割、非言語8割といわれる。言語と非言語が示すものが異なる場合、より本音に近いのは非言語であるケースが多いという。つまり、相手の非言語の部分に特に注意する必要がある。患者が「大丈夫ですよ」と言葉で発していても、表情が不満だったり、手足などの動きに問題があれば、それは大丈夫ではないと考えるべきなのだ。非言語のメッセージをキャッチする際は、相手の視線の強さ(目力)を意識することが有効的だという。
忘れてはならないのは、自分も非言語のメッセージを発信しているということだ。つまり、患者と話している時、他のことを考えていたり、ネガティブな気持ちで相手を見ていたりすれば、どんなに丁寧に説明していたとしても、患者は良い印象は感じられない。
メモの取り方のコツ
メモを取る際は、ブロッキングに注意しつつも、「患者さんの情報」(聞いたこと)をただメモするのではなく、それを聞いて自分が認識したことをメモすることが重要とのことだ。たとえば、残薬について確認した際、言語としては「全部飲みました」と言いながら、明らかに動揺しているなど非言語の情報として実は飲んでいないことが推測できる場合、「残薬無し」で済ませるのではなく、その非言語の情報までメモし、薬歴に落とし込まなくてはならない。
ただし、限られた患者との対話時間の中で、一言一句をメモすることは難しい。メモをすべき項目として岡村氏が挙げたのは、「自分は何に着目したのか、というプロブレム」や「その根拠となる事実(O)」、「そのプロブレムに着目したきっかけとなる言葉(S)」のほか、情報不足でしっかりアセスメントしないうちに指導して終わってしまった場合には「指導内容(P)」や「その指導をしようと考えたきっかけ」。本セミナーでは、講師のメモの例が示された(図)ただし、もちろん、メモの形式は各人の自由、と補足が加えられた。重要なのは、そこから薬歴に落とし込む際にどれだけ再現できるかであり、各自の思考方法に合ったメモの取り方を工夫してほしい、とのことだ。
ロールプレイでメモの実践
今回のワークショップでは、患者と薬剤師のロールプレイが実演され、それを参加者が各人でメモをとりグループでシェアしながら1つのSOAPを作成した。最終的 に発表されたSOAPは、ひとつのロールプレイを皆で見聞きして作成したにも関わらず、グループによってやや異なる内容ともいえるものだった。中には「こんなこと言っていたっけ?」という内容が含まれたものもあり、まさにブロッキングが垣間見えた。大筋が同じだとしても、ブロッキングによる情報の歪みが薬歴に含まれると、その薬歴を見た他の薬剤師が状況を誤解する可能性もある。「ブロッキングは誰にでも起こりうるものです。だからこそ、日々の業務で、患者のことを注意深く観察し、客観的にとらえる必要があります。」と岡村氏はまとめた。