腹痛は最も一般的な症候の1つですが、生命に関わる疾患が背後に潜んでいることがあります。来局者(患者)が腹痛を訴えたら、まず緊急性の高い疾患であるか否かを判断し、緊急性が否定されたらそのほかの疾患を考えて対応します。薬剤師は、愁訴を持つ来局者がプラマリ・ケアの入口で最初に出会う医療人です。薬剤師の適切な臨床判断が来局者の予後を左右します。今回は、前回に引き続いて昭和大学医学部薬理学講座医科薬理学部門の木内祐二教授に腹痛の臨床判断について解説していただきました。
監修
木内 祐二 氏
昭和大学医学部薬理学講座
医科薬理学部門教授
腹痛の臨床判断で重要な緊急性の高さ
腹痛は腹部臓器だけでなく多様な疾患で生じます。腹痛の原因で最も多いのは急性胃腸炎で、腹痛を主訴に来院する患者の30%にみられますが、胃・十二指腸潰瘍、胆石症、胆嚢炎、慢性便秘、尿管結石、過敏性腸症候群も日常臨床でしばしば遭遇する疾患です。医療提供施設である薬局では、腹痛の背後にある疾患を来局者から得られた情報から推測し、緊急性や重症度を判断してカウンセリング、生活指導、OTC薬、受診勧奨、緊急連絡の中から最も適切な対応方法を選択(トリアージ)しなければなりません。腹痛に限らず臨床判断で見逃してはならないのが「緊急性の高い疾患」です。激しい腹痛を伴う場合、速やかな診断と手術を含む緊急治療を必要とし、見逃すと致命的になるような急性腹症を発生させる疾患を思い浮かべて、表1のような緊急性の高い疾患の有無をみきわめることが重要です。
さらに、腹痛は腹腔内臓器の疾患に加えて、胸部疾患、代謝性疾患、精神疾患、皮膚疾患などでも生じる可能性があり、これらの疾患も念頭に置くことを忘れないようにしましょう。
腹痛のメカニズム
腹痛は発生機序により内臓痛と体性痛に分けられます(表2)。内臓痛は内臓器官自体から内臓神経を介して生じる痛みで、漠然とした疼痛、鈍痛であることが多いのですが、管腔臓器の閉塞(胆石、イレウス、尿管結石など)では臓器平滑筋の強い攣縮が起こって間欠的に激しい痛みが生じます。体性痛は知覚神経系(体性神経)に対する刺激や炎症の波及によって生じ、痛みの部位が明瞭で、持続的で刺すような鋭い痛みが認められます。腹膜に炎症が広く及ぶと、腹膜刺激症状として、腹部を圧迫して急に手を離したときに強い痛みが生じる反跳痛や、腹部を軽く圧迫したときに腹壁が緊張して硬くなる筋性防御を認めます。
また、疾患によっては障害されている臓器と無関係な場所に痛みを感じることがあります。このような放散痛(関連痛)は内臓痛を伝える神経に支配されている皮膚が痛みを感じるためで、胆石症では右肩、膵炎では左背部、尿管結石では患側鼠径部、背部に放散痛を認めることがあります。
腹痛を臨床判断するための疾患ごとの特徴
表3に腹痛を生じる代表的な疾患を示します。
1. 頻度の高い疾患
はじめに、腹痛の発生頻度が高い疾患を、消化器疾患、泌尿器疾患、生殖器疾患、精神疾患の順に説明します。
逆流性食道炎は、胃酸が食道に逆流し、食道粘膜にびらんや潰瘍が生じるため、胸やけ、呑酸、心窩部の腹痛、咳などを示します。下部食道括約筋の弛緩、胃酸分泌亢進、腹圧上昇などが原因となり、夜間に多くみられます。
急性胃炎は、暴飲暴食、ストレスなどを原因に胃粘膜に急性炎症が生じて発症するものを指し、上腹部痛を主訴とします。急性胃炎の中でも、腹痛、出血を中心として急激に発症し出血性びらん、出血性胃炎を示すものは急性胃粘膜病変と呼び、原因の60%は薬剤です。消化性潰瘍である胃潰瘍と十二指腸潰 瘍では腹痛の起こり方が違います。胃潰瘍は食後の痛みが多く、十二指腸潰瘍は空腹時に痛みを訴えることが多くなります。感染性腸炎は、病原微生物の感染により、腹痛、下痢、嘔吐、発熱などの症状を呈します。細菌性とウイルス性の2 種類に大別されますが、原因によって重症度は大きく異なります。過敏性腸症候群は、大腸の機能的けいれんにより、腹痛や便秘、下痢を繰り返す疾患です。若年女性に多いとされます。慢性便秘は、多くは器質的な異常がみられない便秘で、腹部に膨満感や不快感があるのみのタイプと、ズキズキとしたけいれん性の痛みを伴うタイプがあります。胆石症は、疝痛、発熱、黄疸が主要な症状で、肥満の方や女性に多いとされます。急性胆嚢炎・胆管炎は、胆汁のうっ滞に細菌感染症が加わって発症し、胆石を伴うことが多く、意識障害やショックなどに至り重篤化することもあります。
尿管結石による疝痛は、うずくまるような激しい疼痛発作で、通常20〜60分間持続し、閉塞部位によって背部から側腹部に痛みが生じます。急性膀胱炎は女性に多く、頻尿、排尿痛、尿混濁、残尿感とともに腹部不快感、下腹部痛を認め、慢性膀胱炎は基礎疾患を有する高齢者に多くみられますが症状は軽度です。
急性付属器炎(子宮内膜炎、卵管炎、卵巣炎など)では、うずくような、と表現されることが多い下腹部痛に加えて発熱、性交痛、不正性器出血、帯下の増加が認められます。
子宮内膜症は、子宮内膜様組織が子宮内膜以外の部位で増殖します。痛みは月経に伴いますので、閉経後に痛みは消失します。子宮筋腫は、子宮平滑筋の良性腫瘍であり、過多月経や不妊症にもつながることがあります。さらに、うつ病や神経症性障害などの精神疾患では、頭痛のほかに不眠、腹痛、下痢、食欲不振といった全身の不調を訴えます。
2. 緊急性の高い見逃してはいけない疾患
見逃してはならない疾患も多領域にわたります。消化器疾患の急性虫垂炎、急性膵炎、腸閉塞、腹膜炎などのほか、心筋梗塞、狭心症、腹部大動脈瘤破裂、大動 脈解離、異所性(子宮外)妊娠破裂、糖尿病性ケトアシドーシスなども緊急性の高い腹痛を訴えます。
急性虫垂炎の痛みは心窩部から臍周囲、右下腹部へと数時間で移動します。38.5℃以上の発熱、白血球数15,000/μL以上、腹膜刺激症状のいずれか1つがあれば手術適応となります。急性膵炎の典型例はアルコールの大量摂取後、数時間で発症します。心窩部、上腹部に強い持続痛を認め、約半数の症例では左背部の放散痛が認められるといわれています。前屈位で痛みが軽減することが多いです。
緊急性の高い消化器疾患には、このほか、近年、日本でも増加している大腸憩室症や、腸閉塞、消化管穿孔、腹膜炎が挙げられ、多くは激しい腹痛が生じます。消化管穿孔や腹腔内臓器の重症な疾患に併発する腹膜炎では、腹膜刺激症状を示し、急速に重篤化します。
心筋梗塞・狭心症は、一般には締め付けられるような強い胸痛発作が生じますが、心窩部痛を訴えることもあります。狭心症の痛みが数分であるのに対して、心筋梗塞では30分以上痛みが持続します。背部や左肩の放散痛、呼吸困難、悪心・嘔吐を伴うことも多いです。腹部大動脈瘤破裂や腹部大動脈解離では、突然の激しい腹痛、背部痛で発症します。破裂や解離するまでは自覚症状に乏しいのですが、拍動する皮下腫瘤を触れ、腹痛、腰痛のほか、腹部膨満感を訴えるケースもあります。高齢者に多い上腸間膜動脈閉塞症は、突然の激痛で発症し、初期は臍周囲の間欠的な疝痛ですが、次第に持続性に変わり腹部全体の痛みとなります。虚血性腸炎も同様に高齢者に多く、突然の激痛とともに下痢・下血、悪心・嘔吐を生じることがあります。
異所性(子宮外)妊娠の場合、一般に無症状のことが多く、流産、破裂時は突然の下腹部痛(激痛)が襲います。破裂後は早急に外科的切除を行わなければならないので、妊娠可能年齢の女性における急性腹症では常に念頭に置くべきです。
高度のインスリン作用不足で起こる糖尿病性ケトアシドーシスは、悪心・嘔吐、腹痛、頭痛、意識障害などのほか、高血糖による多飲、多尿、口渇、脱水症状などが認められます。1型糖尿病に多い急性合併症ですが、2型糖尿病でもインスリンの中断、暴飲暴食、感染などが誘因になります。
3. そのほかの疾患
クローン病は、右下腹部痛のほか、慢性下痢や体重減少、発熱、痔瘻などがみられることがあります。潰瘍性大腸炎では、下痢、粘血便、左下腹部痛、発熱などを認めます。
胃がんや大腸がん、膵がんは、初期には腹痛がみられないことが多く、進行するにつれ、鈍痛から痛みが徐々に増強します。また、腹部の帯状疱疹で発疹に先行して痛みが起きることもあります。
表4に腹痛を訴える代表的疾患の特徴をまとめました。来局者の訴えはさまざまですが、効果的・効率的に質問することで腹痛の原因となる疾患をある程度推測することができます。また、「急性腹症診療ガイドライン2015」(急性腹症診療ガイドライン出版委員会、医学書院)は、腹痛の部位、性状などから緊急を要する疾患の鑑別方法を解説しているので、参考にしてください。
腹痛におけるLQQTSFA
腹痛の部位(L)は疾患を推測するための重要な情報です。「どこが痛いか」を確認するためには図1のように腹部を7部位に分けて聴取するのが実際的です。腹部全体が痛いと訴える場合は、急性胃腸炎、食中毒、過敏性腸症候群、腹膜炎、腹部大動脈瘤破裂、解離性障害(ヒステリー)といった疾患が推定されます。心窩部に痛みを感じることもある心筋梗塞、あるいは急性虫垂炎のように痛みが移動する場合もあり、消化管、胆道疾患の初期の内臓痛では正中線上に痛みを感じますが、腹痛部位に一致した臓器に病変が潜んでいることが多いです。
痛みの性状(Q)と程度(Q)からも疾患を推測できます。疾患によって、あるいは重症度や進行度によって激痛から鈍痛まで程度は大きく違います。間欠的な痛み(疝痛)なら胆道結石、尿管結石、腸閉塞などが考えられます。
発症後の時間と経過(T)に関しては、突発的な激痛を訴えたら腹部大動脈瘤破裂、大動脈解離、消化管穿孔、心筋梗塞といった緊急性の高い疾患が考えられ、急激~急性(数時間~数日で悪化)の発症ならば急性の感染症・炎症や結石などを疑い、数週から数ヵ月かけて徐々に増強する場合は悪性腫瘍を疑います。一方、反復的(慢性)に痛いのであれば、胃・十二指腸潰瘍や過敏性腸症候群、慢性便秘、精神疾患などの可能性を考えます。
発症の状況・きっかけ(S)として飲酒、薬物服用、心理的ストレスなどがあるかを聴取することも、疾患を推測するために必要です(表4)。腹痛が寛解あるいは増悪する因子(F)を聞いても疾患を推測するヒントが得られます。たとえば排便、排ガスで痛みが軽減すれば大腸疾患、高脂肪食を食べて数時間後に腹痛が起これば胆道疾患や急性膵炎が疑われ、女性では月経周期のどの時点で痛みが生じるかも重要なポイントになります。
発熱、悪心・嘔吐、黄疸、便秘、下痢、血便、血尿、女性の不正性器出血などは腹痛を生じる疾患の代表的な随伴症状(A)なので、これらについても聴取することを忘れないようにしましょう。また、既往歴は再発の有無を判断する上で重要な情報になります。たとえば糖尿病の既往があれば、そのリスクを聴取することによって糖尿病の悪化を疑うことができるでしょう。
LQQTSFAを組み合わせた腹痛の疾患推測
これらの情報(LQQTSFA)を組み合わせ、たとえば上腹部が痛く、発熱もあり、放散痛を伴う場合は、急性膵炎や胆管炎、胆嚢炎といった疾患が考えられます。なお、急性膵炎は直前の飲酒が誘因となり、前屈位で腹痛が和らぐことが多いです。胆管炎、胆嚢炎では右季肋部の圧痛が認められ、黄疸が生じることもあります。急性の腹痛で、その痛みが差し込むような間欠的な痛みで、さらに黄疸を伴えば胆石症の可能性が高くなり、疝痛に加えて血尿や鼠径部への放散痛が認められれば尿管結石の可能性が高くなります。このように腹痛に関するLQQTSFAを聴取すると疾患はかなり絞り込めます。
また、面談で得られた情報から、原因疾患を鑑別・推測するためのアルゴリズム例を図2に示します。疾患名の下部に示してあるのは、疾患を推測するための「トドメの質問・情報」で、先ほど述べたように、急性の右季肋部の疝痛発作で放散痛や黄疸があれば胆石症、女性の月経時に増悪する反復性の下腹部痛ならば子宮内膜症が強く疑われます。
しかし、疾患を1つに絞り込む必要はありません。来局者への質問だけで疾患を推測するわけですから、総合的に判断して数疾患まで絞り込めば十分です。
OTC薬での腹痛の対応
表1で示したような緊急性の高い疾患が疑われたら、救急車の手配を含む緊急対応が必要です。疝痛発作を生じる胆石症、尿管結石に対しては、激烈な痛みを軽減するために鎮痙薬のブチルスコポラミン臭化物配合のOTC薬が有効なこともあります。
頻度の高い疾患では、症状が軽度ならOTC薬で対応可能な場合が少なくありません。急性胃炎・消化性潰瘍が疑われる軽度の痛みは、2週間を超えて服用しないことを指導した上でヒスタミンH2受容体拮抗薬または胃腸薬を勧め様子をみます。3日間服用しても改善しなければ再来局してもらい、痛みが強く生活に支障が生じる場合は強く受診を勧めます。
急性腸炎で症状が強くない場合は、整腸剤で様子をみますが、感染性腸炎が疑われる場合は下痢止めは原則用いないことが重要です。頻回の下痢で口渇がある場合は脱水の補正のため、経口補水液の飲用を勧めますが、症状が強ければすぐに受診を促してください。
下痢を伴う過敏性腸症候群は、軽度ならロペラミド塩酸塩、ロートエキス、ブチルスコポラミン臭化物などを含む下痢止めで様子をみてもよいでしょう。便秘を伴うタイプでも腸は過敏になっているので、腸を刺激しないことが重要です。過敏性腸症候群の病態は慢性便秘におけるけいれん性便秘(ストレスが原因で自律神経の乱れによって生じる便秘)と同じなので、けいれん性便秘に有用な酸化マグネシウムなどの塩類下剤または膨張性下剤などを勧めます。
高脂肪食や甘いものなど特定の食物を摂取すると胸やけが生じる逆流性食道炎が疑われた場合は、初期対応としてヒスタミンH2受容体拮抗薬を試みるのもよいと思われますが、OTC薬のヒスタミンH2受容体拮抗薬は標準投与量の半量しかなく、医療用のプロトンポンプ阻害薬(PPI)は有用であるため、効果がなければ受診勧奨します。逆流性食道炎の症状改善に有用な生活指導としては、食後すぐに横にならない、就寝時に背中に枕や座布団をあてがい上半身を挙上した姿勢で寝る、高脂肪食や過食を避けるなどが挙げられます。
月経困難症も薬剤師が遭遇する頻度の高い疾患です。生理痛を訴える月経困難症には、子宮内膜症や子宮筋腫などによる器質性月経困難症と、器質的変化を認めない機能性月経困難症があります。軽度の機能性月経困難症であれば、OTC薬のNSAIDsで一時的な鎮痛効果が期待できます。生理痛が予測できる場合は、月経開始の予兆が出現したら痛みが強くなる前に予防的に服用するよう勧めるとよいでしょう。器質性では痛みが強く、OTC薬では十分な効果が得られないことも少なくありません。