「デジタル医薬品(デジタル薬)」という言葉を耳にしたことがある薬剤師の先生も多いのではないでしょうか。現在、数多くの企業が開発に乗り出しているデジタル薬。今後、薬剤師がこのデジタル薬活用の一翼を担うとも考えられています。
医療機器の進化と規制
近年、様々な新しいプログラムが開発され、利用されるようになってきました。その中には、従来の医療機器と同様に疾病の診断・治療・予防を目的としたものも現れ、プログラム単体も医薬品医療機器等法の規制対象となっています。医療機器としての目的性を有しており、かつ、意図したとおりに機能しない場合に患者(又は使用者)の生命及び健康に影響を与えるおそれがあるものは医療機器プログラムとされ、同法に基づいて規制されます。
医療機器となるデジタル薬
薬学の使命としても積極的に関わる
近年、デジタル薬とも呼ばれ、多くの企業が開発を進める疾患治療用のアプリケーションソフトウェア(治療用アプリ)等は、この医療機器プログラムに分類されます。
医療機器となると、薬剤師の業務から少し離れるように感じることもあるかもしれません。しかし、2017年に日本学術会議薬学委員会薬学教育分科会が取りまとめた薬学分野における「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準」では、薬学を「医薬品・医療機器の開発・提供に向けた基礎研究から市販後の患者指導や副作用モニタリングまで、全ての分野で患者のための医療に貢献することが薬学の使命」と定義づけています。薬剤師も積極的に医療機器に関わることが求められているのです。
国内における治療用のアプリの開発状況
2020年8月、CureAPP社の「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー」(一般名:禁煙治療補助システム)が薬事承認を取得しました。日本で初めて医療機器として承認された治療用のアプリです。同製品は禁煙補助薬のバレニクリンを併用し、ニコチン依存症の喫煙者に対する禁煙の治療補助を目的に使用され、①患者アプリ②医師アプリ③COチェッカーで構成されています(参考)。
【参考】
現在、保険適用となるものは同製品のみですが、複数のデジタル薬が臨床試験まで進んでいます(表)。(高血圧治療アプリについては、2021年5月に薬事申請中)
同製品のように、治療用アプリとデバイス(COチェッカー)を組み合わせて承認となるか、あるいは治療用アプリ単体で承認となるか、治療用アプリと何らかの薬物療法の併用で承認となるか。こうした治療用アプリがどのような形で承認されるかも関心事項です。
(表)臨床試験中のデジタル薬
製品名 | 対象 | 概要 | 開発企業 |
---|---|---|---|
SDT-001 | 小児ADHD患者の不注意症状 | ゲームで2つのことを同時にさせることで、注意力を改善し、結果としてADHD(不注意症状)の治療につなげる | 塩野義製薬 |
Yawn | 不眠障害 | 認知行動療法によって不眠症を改善。日々の就寝・起床時間、日中の不安事項や1日の過ごし方等を記録。これらのデータを解析し、その患者に合った対処法を提示する | サスメド |
SMC-01 | 2型糖尿病 | 生活習慣(食事・運動・体重)や指標(服薬・血圧・血糖値)などを管理することにより、患者の行動変容を促す | 大日本住友製薬 |
高血圧治療アプリ | 高血圧 | 個別最適化された治療ガイダンス(IoT血圧計を用いた血圧モニタリングと患者の生活習慣ログから最適化された食事、運動、睡眠等に関する知識や行動改善を働きかける情報)を提供し、患者の意識・行動変容を促す | CureAPP |
NASH App | NASH(非アルコール性脂肪肝炎) | 個々の患者に最適化した診療ガイダンスを外来受診時以外もアプリが継続的に行う | CureAPP |
アルコール依存症治療アプリ | アルコール依存症 | 飲酒時の飲酒状況(種類・量・場所・相手など)や毎日の体調や睡眠状況、気分などを記録。飲酒の傾向を医師が把握するとともに患者にも自覚させ、回避する行動をアドバイス | CureAPP |
今後も開発が進む
医療機器としての行動変容アプリとは
2020年3月に政府の健康・医療戦略推進本部にて決定した医療機器・ヘルスケアプロジェクトでは、AI・IoT技術等を融合的に活用して医療機器やシステム、ヘルスケアに関する研究開発を推進するとしています。そこで重点的に取組む項目として、「生活習慣病等の予防のための行動変容を促すデバイス・ソフトウェア」が挙げられています。表で紹介したアプリの多くがこの行動変容を促すものであり、今後こうした製品の開発がさらに進むと考えられます。
どのような行動変容アプリが医療機器に該当するかを考える要素としては、以下の点が考えられています。
①疾病の治療にどの程度寄与するのか
特定の疾病と診断された患者を対象とするものか/医師の実施すべき治療行為の一部または全部を代替するものか/個々の患者情報を分析し、その患者に適した助言等を提示するものか。
②総合的なリスクの蓋然性がどの程度あるか
独自のアルゴリズムの有無/不具合発生時の患者の健康に及ぼす影響。今後、事例を積み上げて、該当・非該当の具体例は整理される予定です。
デジタル薬の課題
薬剤師の積極的な関与への期待
デジタル薬の普及および適正使用の課題としては、①デジタル薬(デジタル治療)に関わる専門的な知識や技能を習得した医療職の必要性、②施設・IT環境の整備、③薬物療法と併用する場合の安全な併用方法の検討、などが挙げられます。
これらの課題解決に薬剤師の関与が大いに期待されます。服薬期間中のフォローアップ同様に、薬剤師が外来の空いた時間に患者の治療状況に関する情報を収集し、デジタル薬の適正使用を促進する。また、デジタル薬と薬物療法併用時の薬学的管理についても、薬剤師が関わることで解決が期待されます。このように薬剤師が関わった場合の診療報酬上の取扱いについては別途課題となりますが、薬剤師の積極的な関与がデジタル薬を活かし、患者さんに大きな治療効果を提供することに繋がるかもしれません。