監修
東北大学病院 血液内科 講師
藤原 亨 氏
貧血のなかで最も頻度の高い鉄欠乏性貧血。鉄欠乏貧血では、原因の究明とその改善、経口鉄剤の投与などが必要となります。鉄欠乏性貧血の背景や主な症状、鉄剤による治療の実際までを、東北大学病院血液内科講師の藤原亨氏にお話しいただきました。
月経や消化管出血のある患者で多い鉄欠乏性貧血
鉄欠乏性貧血は数ある貧血の種類の中で最も多くの割合を占めています。体内で酸素を運搬する赤血球中のヘモグロビン(Hb)合成には鉄が必要ですが(図1)、体内の鉄が不足しており、Hb合成が低下することで貧血が起こります。これが鉄欠乏性貧血です。
生体内の鉄の総量は約3~4gで、健常者での鉄の供給と喪失はそれぞれ約1mg/日でバランスがとれていますが、何らかの原因でそのバランスが崩れることで鉄欠乏の状態になります。鉄欠乏が引き起こされる原因には、鉄の需要増大、過剰喪失、供給量の減少があります(表1)。
20代~40代の月経のある女性ではおよそ2割が鉄欠乏性貧血であるとも考えられており、重度の場合には子宮筋腫などの婦人科系疾患を伴っていることもあります。消化管出血や胃潰瘍などの消化管疾患がある場合にも鉄欠乏性貧血が多くみられ、男性や高齢者の鉄欠乏性貧血では消化管疾患の可能性も念頭において診察を行います。鉄欠乏性貧血が進行した高齢者を精査すると消化器系の腫瘍がみつかるケースもあります。
このほか、鉄を還元して吸収しやすくする作用をもつ胃酸の分泌が抑制されることによる鉄の吸収阻害があります。これは、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染や、胃酸の分泌を抑制する薬剤による場合が多いです。
また、アスリートの鉄欠乏性貧血では、汗からの鉄の喪失、強い運動や筋肉の収縮、足底への刺激などで赤血球の破壊が起きることが要因となっています。また、アスリートではない一般の方がダイエット目的などで急に激しい運動を始めたときに貧血症状が生じ、それが鉄欠乏性貧血であったということもあります。
怠け者と思われてしまうことも疲れやすさや動悸が典型症状
鉄欠乏性貧血の典型的な症状は、疲れやすさ(易疲労感)や動悸、息切れなどですが、自覚症状がなく健康診断などの採血でヘモグロビン値や赤血球値の低下がみられたことが受診のきっかけとなるケースも多いです。実際の患者さんの訴えとしては、「仕事や家事に集中できない」、「朝目が覚めてから起きるまでに時間がかかってなかなか起きられない」、「何をするにも疲れてしまう」、「周囲から怠け者と言われる」、といった一見不定愁訴のように思われることもあります。
進行の度合いにもよりますが、進行がゆるやかな場合には貧血の症状が出にくく、貧血の状態に慣れてしまっていることもあるかもしれません。ある程度ヘモグロビン値が低下してくると、疲れやすさや動悸、息切れのほかにも、赤血球以外の組織への鉄の不足を反映してスプーン爪と呼ばれる爪の変形や、レストレスレッグス(むずむず脚)症候群という神経の異常、飲み込みがしづらい(嚥下障害)、普段は食べない氷などを食べてしまう異食症など、さまざまな症状が現れてきます(表2)。
ヘモグロビン値だけでなく血清フェリチン値や赤血球の大きさもみる
貧血の診断基準は赤血球に含まれるHb濃度の低下です。また、鉄欠乏性貧血の診断では、体内の貯蔵鉄をあらわす血清フェリチン値も確認し、補助的な指標として総鉄結合能(TIBC)も用います(表3)。
貧血の鑑別には赤血球恒数が有用で、貧血が小球性、正球性、大球性であるかでどんな種類の貧血であるか予想できます。鉄欠乏性貧血は「小球性貧血」を示す代表的な疾患です。小球性貧血は赤血球の大きさが小さくなる種類の貧血で、鉄欠乏性貧血以外では、リウマチや感染症などの炎症性疾患でも小球性貧血が引き起こされることがあります。
鉄欠乏性貧血はこうした慢性疾患に伴う貧血との鑑別が重要です。炎症性疾患による貧血では鉄の利用に問題が生じていますが、鉄は欠乏していないため、血清フェリチン値の低下は見られません。小球性貧血にはそのほかサラセミアというヘモグロビンの異常症もありますが、日本人では非常にまれです。
原因疾患を治療し食事からの鉄の摂取も促す
治療においてはまず、鉄欠乏性貧血の原因の除去が重要になります。消化管出血があれば消化管出血の治療、子宮筋腫を伴う月経過多であれば子宮筋腫の治療など、原因疾患を治療します。また、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染があれば除菌します。
食事から摂取できる鉄の量は微量ですが、明らかにダイエットをしていたり、偏食があれば、食事の偏りの積み重ねにより鉄欠乏性貧血を起こすことがあります。ですから、食事からの鉄の摂取を促すことも鉄欠乏性貧血の改善につながります。鉄分はヘム鉄と非ヘム鉄に分けられ、ヘム鉄は肉や魚、非ヘム鉄はひじきや小松菜などから摂取できますので、日々の食事に取り入れていただくとよいでしょう。ビタミンCは鉄の吸収を良くしますので、肉や魚だけでなくビタミンCを多く含む野菜や果物と一緒にバランスよく取るのが一番良いと思います。
鉄剤による薬物治療経口鉄剤での開始が基本
鉄欠乏性貧血に対しては、鉄剤投与が薬物療法の基本です。鉄剤には経口鉄剤と静注鉄剤がありますが、原則として経口鉄剤で治療を開始します。経口鉄剤には、クエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア)、徐放剤の乾燥硫酸鉄(フェロ・グラデュメット)およびフマル酸第一鉄(フェルム)、シロップ剤の溶性ピロリン酸第二鉄(インクレミン)の4種類があります(表4)。
クエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア)
酸性から塩基性までの広いpH域で溶解するため、胃酸分泌が低下している高齢者、低酸症や胃切除の患者でも腸管吸収が良好です。非イオン型鉄剤で鉄イオンを遊離しにくく、胃腸粘膜に対する刺激や食事の影響による吸収低下が少ないと推察されています。
乾燥硫酸鉄(フェロ・グラデュメット)
高濃度の鉄が急激に胃腸粘膜に接触することがないように、錠剤を構成する多孔性のプラスチック格子(グラデュメット)の間隙に硫酸鉄が含有されています。剤形は錠剤(フィルム錠)で、内服後は物理的拡散により消化管内で鉄を徐々に放出するため、胃粘膜に対する刺激が少なく、鉄吸収効率の高い空腹時にも投与することができます。
フマル酸第一鉄(フェルム)
カプセル中に直径約1mmの徐放性顆粒を含みます。カプセル剤のため、鉄特有のにおいがありません。また、徐放性のために消化器系の副作用が少ないことも特徴です。
溶性ピロリン酸第二鉄(インクレミン)
水に不溶性のピロリン酸第二鉄にクエン酸ナトリウムを加えて可溶性にしたものが溶性ピロリン酸第二鉄です。鉄剤では唯一のシロップ剤で、乳幼小児でも服用しやすいようにサクランボの香りがあります。
鉄の吸収部位は基本的に小腸付近で、非徐放剤はそのまま消化管を通過するため鉄による消化管の刺激が生じますが、徐放剤では鉄の遊離が緩徐であるために消化器症状が少ないと考えられます。
フェロミア使用時に消化管の副作用が気になるようであればフェロ・グラデュメットやフェルムなどの徐放剤を使用することもあります。インクレミンはシロップ剤のため小児に使われることがほとんどですが、少量から投与できるため、副作用の発現状況をみながら用量調整がしやすいというメリットがあります。
また、慢性腎臓病患者で高リン血症を改善するクエン酸第二鉄水和物(リオナ)が鉄欠乏性貧血に対しても承認されたため、消化管の副作用の軽減が期待されるリオナも加えた5剤のなかから経口薬を選択することもできます。
リオナは、食事直後の服用により、食事中のリンと結合し安定した複合体を形成して胃や小腸などの消化管に到達するため、遊離鉄による消化管の刺激が少なく、悪心嘔吐が少なくなると考えられています。鉄欠乏性貧血に対する使用経験の蓄積や経過観察は必要ですが、消化管の副作用がある方に対する選択肢としては有望だと考えています。
クエン酸第二鉄水和物(リオナ)
消化管内の食事由来のリン酸を鉄と結合させて難溶性の沈殿(リン酸第二鉄)を形成することによりリンの消化管吸収を抑制します。慢性腎臓病患者における高リン血症の改善で承認されましたが、鉄の補充による貧血の改善効果および既存の経口鉄剤による消化器症状の軽減が期待され、2021年3月に鉄欠乏性貧血に対する効能効果も追加されました。キノロン系抗菌剤、経口アルミニウム製剤とは同時に服用させないよう注意します。
副作用の発現状況を鑑み適切な経口鉄剤を使用する
経口鉄剤は、タンニン酸を含有する食品や制酸剤が併用注意とされています。タンニン酸を含有する食品は、鉄剤の吸収が阻害するおそれが記載されています。タンニン酸を含有する飲料として緑茶、紅茶、コーヒー類などがありますが、これらの摂取自体を禁止する必要はありません。また、制酸剤は消化管内pHの上昇などにより、タンニン酸同様に鉄剤の吸収阻害をきたすことから、フェルムでは同時服用を避ける、インクレミンでは投与間隔をあけることとされています。
鉄剤と相互作用がある薬剤としては、セフジニル、ニューキノロン系抗菌薬、テトラサイクリン系抗菌薬、甲状腺ホルモン製剤、レボドパ含有製剤、エルトロンボパグ オラミン、ドルテグラビルがあります。これらの投与時には、鉄剤とのキレート形成による影響があります(表5)。
鉄の吸収を向上させるために鉄剤とあわせてビタミンCを処方する医師もいますが、消化管症状が強くなる可能性もありますので、鉄剤とビタミンCが処方された患者さんで腹部症状が強く出て大変なケースでは、鉄剤のみの服用にするなどの工夫の余地はあるでしょう。
鉄剤では黒色便といって便の色が黒くなりますので、その点はあらかじめ患者さんにお伝えしています。副作用としては悪心、嘔吐、下痢や便秘などの消化管症状が発現しますが症状の出方には個人差があります。
経口鉄剤が適さない場合は静注鉄剤を選択
1回に高用量の鉄が投与できる製剤も登場
静注鉄剤による治療対象となるのは、鉄欠乏性貧血の原因にもよりますが、出血などで鉄の損失が大きく経口鉄剤では間に合わない方、経口鉄剤による治療反応性が良くない方や、副作用により経口鉄剤の服用が困難な方、消化器疾患などにより経口鉄剤の選択が不適切と思われる方です。
注射用の鉄剤には、含糖酸化鉄(フェジン)、カルボキシマルトース第二鉄(フェインジェクト)、デルイソマルトース第二鉄(モノヴァー)があります。フェジンは1日あたり40~120mgの鉄の補充が可能ですが、貧血のコントロールが不十分な場合には、頻回に来院する必要が生じます。フェインジェクトやモノヴァーでは1回で高用量の鉄を投与できるため、こうした点で薬剤を使い分けています。
含糖酸化鉄(フェジン)
コロイド性の鉄剤で、いったん細網内皮系に取り入れられた後に徐々に解離してトランスフェリンとなり、骨髄に運ばれてヘモグロビン合成に利用されます。1日あたり40~120mgの鉄を2分以上かけて徐々に静注します。重大な副作用としてショックや骨軟化症が報告されています。
カルボキシマルトース第二鉄(フェインジェクト)
水和された酸化第二鉄とデキストラン非含有カルボキシマルトースの複合体で、マクロファージに取り込まれて分解された後、鉄と血漿トランスフェリンが結合して体内を循環します。ヘモグロビン合成には骨髄で赤芽球に取り込まれた鉄が利用されます。
1回あたり鉄として500mgの投与が可能で、週1回1~3回の投与で治療が終了するため、患者負担の軽減が期待されています。重大な副作用として過敏症、主な副作用として血中リン減少や頭痛などが報告されています。
デルイソマルトース第二鉄(モノヴァー)
酸化第二鉄とデルイソマルトースの強力なマトリックス組成の複合体で、アナフィラキシー反応のリスク低減を目的として開発されました。デルイソマルトースは平均分子量1000ダルトンの直鎖状オリゴ糖で免疫原性が低く、遊離鉄が少なく毒性が低いため高用量の鉄を急速に投与することが可能です。静脈内投与後は細網内皮系の細胞に取り込まれ、トランスフェリンと結合した鉄が骨髄に運搬されてヘモグロビン合成に利用されます。
静注鉄剤特有の低リン血症の発現割合が低く、長期的な低リン血症も認められていないため、低リン血症のリスクが回避できます。重大な副作用としてショックやアナフィラキシーが報告されています。
フェジンでは過敏反応も報告されていますがゆっくりと静注すれば大きな問題はありません。血清リン値の低下も臨床上の問題はありませんので、比較的安全に使用できる静注製剤だと考えています。フェジンでは投与された鉄がそのまま体内で利用されますが、フェインジェクト及びモノヴァーでは、まずマクロファージ(貪食細胞)に鉄を含む複合体が取り込まれ、マクロファージ内で遊離された鉄が少しずつ血中に放出されて体内に供給されます。ヒトの体内では鉄を積極的に体外に排出する機能は備わっていないため、静注する量が過量にならないように、必ず必要な量を計算して投与します(表6)。
血清フェリチン値で貯蔵鉄の回復がみられるまで治療を継続
鉄剤の治療効果の評価では、血液検査で、ヘモグロビン値が回復したか、血清フェリチン値が上昇しているか、また、小さくなっていた赤血球が正常な大きさに近づいているかを確認します。ヘモグロビンだけでなく、体内の貯蔵鉄が回復する、すなわち血清フェリチン値が正常化するまで治療を継続します。
経口鉄剤による治療では、治療開始から数週間で赤血球の元となる網状赤血球が血液中に現れ、その後にヘモグロビン値の回復が始まります。血清フェリチン値が正常化するまでにはある程度の時間を要します。
ヘモグロビン値の回復が見られれば、患者さんの自覚症状はある程度回復していることもあり、鉄剤の服用がやや困難と感じる患者さんでは服薬を中止してしまう可能性もあります。しかしながら、服薬を中止してしまうとまた貧血症状が出現してしまいますので、貯蔵鉄の状態を示す血清フェリチン値が回復するまでは服薬を継続するよう患者さんに指導します。
消化管出血や胃潰瘍などが原因の鉄欠乏性貧血であれば、原因疾患を治療して鉄剤で鉄を補充すれば貧血からの回復がみられ、治療を終了することも可能です。一方で、月経が原因の鉄欠乏性貧血では、回復が見られたあとも再び鉄欠乏をきたす可能性もありますので、その後のフォローアップを要することもあります。
服薬タイミングの工夫や治療継続のサポートを
鉄欠乏性貧血で鉄剤による治療をする患者さんに対して、薬剤師さんからは、鉄剤の投与時には便が黒くなる黒色便が生じることや、消化管の症状が出ることをあらためて患者さんに伝えていただき、服薬のタイミングを変えることで副作用を軽減できる可能性もあるため、服薬タイミングについて相談してみるのもよいでしょう。貯蔵鉄が回復するまでの治療の継続も大切ですので、残薬の確認などを通じて服薬アドヒアランスが保たれているかどうかも確認していただければと思います。月経のある女性や消化管出血が疑われる高齢者や男性では、疲れやすさなど体調不良があれば鉄欠乏性貧血の可能性を念頭におき、受診を促すことも早期発見、早期治療につながると考えています。
監修 藤原 亨 氏
東北大学病院 血液内科 講師 検査部副部長
東北大学医学部卒業。同大学大学院博士課程及び米国留学を経て、2010年より東北大学大学院医学系研究科血液免疫病学分野にて、血液内科領域の研究・診療に従事する。その後、2019年に東北大学病院検査部の副部長となる。専門分野は貧血、鉄代謝。