監修
旭川赤十字病院 腎臓内科部長
小林 広学 氏
慢性腎臓病は、糖尿病や高血圧など様々な原因疾患により腎臓の構造や機能が低下した状態です。原疾患に対する治療とともに、腎保護作用により腎機能低下を抑制するための治療と、腎機能低下に伴い出現する症状に対する治療が行われますが、腎障害が進行し末期腎不全に至ると腎臓の機能を代替するために透析療法などを行う必要があります。末期腎不全の透析療法について、旭川赤十字病院腎臓内科部長の小林広学氏に解説いただきました。
末期腎不全の透析療法
慢性腎臓病による腎障害は不可逆性であり進行性の病態です。食事制限や薬物療法など様々な対処してもなお腎障害が進行し、末期腎不全の段階に至ると、腎臓の機能を代替する治療を導入する必要があります。
日本透析医学会のガイドラインでは、推算糸球体濾過量(eGFR)が15mL/分/1.73m2より低下し(表1のG5)、腎不全症候、日常生活の活動性、栄養状態を総合的に判断し、それらが透析療法以外には回避できない場合には、透析療法の導入を決定するとされています。ただし、透析開始について数値などで明確に示されているわけではないことから、そのタイミングについては主治医によって見解が異なるのが実情です。
末期腎不全に至った場合、早期に透析を導入して管理した方がいいという考えの医師もいれば、薬剤治療で症状を軽減しながら、できるだけ保存的な治療で管理を継続していくことをポリシーとしている医師もいます。私は後者の考え方で、腎臓内科医としてeGFR5mL/分/1.73m2、血清クレアチニン8mg/dLくらいまでは、できる限り保存的な薬物療法で管理してあげたいという気持ちで診療にあたっています。
しかし、心不全や溢水などの全身状態を総合的に判断していく必要がありますので、必ずしも理想的にはいかないケースもあります。そのタイミングを見逃さないためには、定期的な診察時に尿毒症※症状が出ていないか、全身状態を詳細に確認することが重要となります。
※尿毒症:腎機能低下に伴い、尿の産生能力低下するため体内に老廃物が蓄積し、水分バランスや電解質の調節ができなくなることにより、むくみや食欲低下、悪心、頭痛、倦怠感、意識障害、呼吸困難感など様々な症状が出現する。
透析導入のための指導
スムーズに透析療法を開始するために重要なのは、患者さんが透析療法を納得して受け入れることです。そのために、開始までの期間に余裕を持ち、腎代替療法について少しずつ説明していく必要があります。私の場合はeGFRの数値だけでなく、それまでのeGFRの低下スロープから、個々の患者さんの腎機能の低下速度を評価し、1年くらいで透析が必要になる可能性があると考えられるタイミングで、末期腎不全の腎代替療法について説明をしていくようにしています。
ただし、患者さんによっては、透析についての説明を受けると精神的に落ち込んでしまう方もいますので、この説明を行うタイミングについては患者さんごとに慎重に考えていく必要があります。患者さんの透析に対するネガティブなイメージや、腎機能の低下に対する不安があることは否めません。人によっては「透析=悪化、終わり、絶望」と捉え透析療法に対して拒絶的な態度を示すこともあります。
保存期の診療の中で患者さんと医師が信頼関係を築き、慢性腎臓病の自然経過がどういうものか、また、健康な人でも腎臓の働きは加齢とともに低下することなども含めてお話しし、少しずつその先の治療について受け入れてもらう方向に持っていければ理想的だと考えています。透析療法をしっかり行えば元気に生活できることを理解してもらうことで、最初は拒否的な反応を示していた患者さんでも納得して透析を受け入れていくケースは多いです。
透析療法の種類を選択
透析療法には、透析施設で行う血液透析(Hemo Dialysis;HD)と、在宅で行う腹膜透析(Peritoneal Dialysis;PD)の二種類があります。また、条件が合えば腎移植という選択肢もあります(図1)。
血液透析と腹膜透析の原理と仕組み
ここから、血液透析と腹膜透析の原理と仕組みを解説していきます。
血液透析
血液透析は、血液を透析回路に取り込み「ダイアライザ」と呼ばれるろ過フィルターに循環させることにより、体内に溜まった老廃物と余剰な水分を除去する治療法です(図2)。
腹膜透析
腹膜透析は、腹部にカテーテルを留置して、腹腔内に透析液を入れ一定時間貯留し、その間に血液と透析液で水や物質の交換を行い、血液中の尿毒素や余分な水分を取り除く治療法です(図3)。
血液透析と腹膜透析の実施スケジュールと合併症
基本的には、血液透析は透析施設、腹膜透析は在宅で実施しますので、スケジュールが異なります。また、原理や仕組みの違いから起こりうる合併症も異なります(表2)。
血液透析と腹膜透析の特徴と比較
日本腎臓学会ほかから刊行されている「腎不全治療選択とその実際2023年版」では、腎代替療法として血液透析と腹膜透析の特徴がまとめられています。それによると、腎機能は良くならない(貧血・骨代謝異常・アミロイド沈着・動脈硬化・低栄養などの問題は十分な解決ができない。つまり、腎機能は不可逆的であり透析による機能改善はない)、移植に比べ生命予後やQOLが悪く社会復帰率は低い、妊娠や出産は困難、といった点は、血液透析と腹膜透析に共通しています。一方で、日常生活の項目別に血液透析と腹膜透析の違いも記載されています(表3)。
日本の主流は圧倒的に血液透析
ただし、統計学的な数値と実数値の差も
米国腎臓データシステム(United States Renal Data System;USRDS)によると、人口に対する透析患者の割合は、日本は世界で3番目に高く、台湾、韓国に次ぐものでした。一方で、国別の腹膜透析患者の比率を見ると、メキシコが最も多く、腹膜透析患者が70%以上を占め、その次にイギリス、インド、韓国が続きますが、日本はそれらをはるかに下回る割合で、日本の腹膜透析の実施率は数%とされています1)。
日本透析医学会の2022年の発表2)によれば、透析患者およそ347,474人のうち、血液透析は33万人超、腹膜透析は1万をわずかに越す程度です。ただし、実際の腹膜透析の実施数は実はもう少し多いと考えられています。というのも、腹膜透析の場合、途中で離脱し、結果的に血液透析に移行するという方が一定数存在するためです。
とはいっても、日本では末期腎不全患者の腎代替療法として血液透析が主流です。この状況は、政府の政策や血液透析施設の普及状況と深く関連しています。日本の透析機器の開発技術が世界トップクラスであり、水質が良いことから、世界的にも最高レベルの血液透析の方法が確立され、提供体制が拡充されてきました。
1)Bello AK et al. BMJ. 2019 Oct31:367:l5873.doi:10.1136/bmj.l5873.
2)花房規男ほか 透析会誌56(12):473~536,2023
治療を選択するのは患者の希望
ただし、医療者からの説明と提案も必要
腹膜透析は血液透析に比べ透析効率が低く、体重管理が不十分になる、または体内に水分が貯留し溢水に至るリスクがあります。特に若い患者さんは活動量が多いので食事量も多く、それだけ体内に蓄積する老廃物も多くなりますので、個人的には、週3回の時間的な拘束があったとしても血液透析でしっかり治療し、残りの時間を最大限活用する方が充実したライフスタイルを送れる方も多いのではないかと思います。
一方で、例えば80歳近くの後期高齢者の患者さんで活動量も食事量も少ない方であれば、天寿を全うするまで腹膜透析で治療管理できる可能性が高いと思います。
また、腹膜透析は通院負担が少ないため、過疎化した郊外地域に居住する患者さんでは、在宅医療および介護と連携体制が構築できれば腹膜透析は強力な選択肢です。最近はAPDで遠隔でモニタリングできるシステムも開発され、患者さんのご自宅での透析の状態も遠隔で確認できるようになっています。
腎代替療法で何を選ぶか、患者さんのご希望が重要です。ただし、前提として、腎移植を含めて考えられる選択肢とその違いを医療者からしっかりと説明することが重要です。そして、その患者さんにとって適した治療法はどちらなのか、患者さんの年齢や生活スタイル、性分なども考慮し、医療者として責任を持ってどちらが適しているかを提示することも非常に大切であると考えています。
透析導入後の薬物療法
透析導入前に服用していたCKD管理薬は、原疾患に対する治療薬を含めて基本的にはそのまま継続して服用する必要があります。ただし、血液透析の場合、毎回の透析治療の最後に施設で静注投与が可能なため、静注も存在する経口薬については服用不要となるものもあります。また、透析で除去できる物質に対する薬剤は服用を中止することができます(表4)。
透析療法で出現する症状に対する薬物治療
透析療法に伴い出現する症状としては、かゆみや便秘などがあります。
かゆみは全員に起きるわけではないのですが、透析により生じるかゆみの程度は非常に強い場合が多く、対応に苦慮することがあります。透析患者のかゆみに対して適応があるκオピオイド受容体作動薬のナルフラフィン(経口)やジフェリケファリン酢酸塩(静注)などを用いてかゆみのコントロールを行っていきます。
便秘は、血液透析患者さんに非常に多い症状です。血液透析ではドライウェイトまで水分しっかり引いていきますし、日常生活で水分摂取制限も行いますので、便通コントロールの観点からすると腸内の水分が足りていない状態です。食事面でもカリウム制限がありますので、世間一般で便秘によいとされる食物繊維が豊富な野菜や果物の摂取を控える必要があります。さらにリン吸着薬やカリウム吸着薬はポリマー系の薬剤であるため、腸で膨らんでしまうという特徴があります。そのようなことから血液透析の患者さんでは、便秘のリスクが非常に高くなります。
昨年、日本消化管学会から発行された便通異常症診療ガイドラインでは、便通コントロールには酸化マグネシウムなどの塩類下剤(浸透圧性下剤)や、上皮機能変容薬のルビプロストン、胆汁酸トランスポーター阻害薬のエロビキシバット水和物が第一選択薬とされており、センノシドやアローゼンなどの刺激性下剤は、第一選択薬を用いても便通コントロールが不良な時のオンデマンド薬として用いるということになっています。しかし、透析患者さんでは浸透圧性下剤は血中のマグネシウムが上昇しやすいためあまり多用はできず、現状としては複数の薬剤を組み合わせて管理しているような状況です。いずれにしても治療は難渋するケースが多くなります。
透析医療における薬剤師の役割
透析患者さんへの投与が禁忌あるいは要注意と判断される薬剤、減量が必要な薬剤は多くありますが、日常診療で良く経験するのが、皮膚科で処方されることの多い帯状疱疹に対する抗ウイルス薬による副作用です。抗ウイルス薬は腎排泄型の薬剤が多く、透析患者さんでは減量の必要なものもあります。通常量で処方されてしまうと中枢神経毒性が発現し、意識障害を起こすことがあるので注意が必要です。
また、整形外科で処方されることの多い骨粗鬆症治療に用いるビタミンD製剤も、血中のカルシウムを上げやすいため腎障害を引き起こすことがありますので注意が必要です。透析患者だけでなく腎障害がある患者さんが、ビタミンD製剤の服用で腎機能が急激に低下したというケースもよく経験します。
透析医、腎臓専門医であれば透析患者に対する薬物療法は熟知していますが、他科の医師は処方する薬剤が腎排泄型か否かなどもあまり詳しくありませんし、患者さんも整形外科や皮膚科で処方される薬剤は腎臓病とは関係ないと思っている可能性もあり、必ずしもご自分がCKD患者、または透析患者であるということを医師に話していない可能性もありますので、そこは薬剤師の皆さんが注意してチェック機能を働かせていただけると非常に大きな助けになります。特に透析患者さんの場合は過剰処方になると思われる処方の場合には、処方医に相談するか、腎臓の主治医にご相談いただけたらと思います。