
監修
早稲田メンタルクリニック院長
益田 裕介 氏
近年、発達障害についての社会的な認知度が高まり、発達障害により生きづらさを抱える人たちを社会として支えることの重要性が認識されています。薬剤師も発達障害について正しく知り、適切な情報提供に生かすことが求められています。本稿では、早稲田メンタルクリニックで大人の発達障害の診療に携わる傍ら“精神科医You Tuber”として発達障害について積極的に発信されている益田裕介先生に、代表的な発達障害である注意欠如多動症(Attention-Deficit / Hyperactivity Disorder;ADHD)、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder;ASD)、限局性学習障害(Learning Disabilities;LD)の特徴や治療法などについてお話しをお聞きしました。
★次号( 2025 年4 月号)では「薬剤師による発達障害の服薬指導」にフォーカスした記事を掲載予定です。
本記事と合わせて発達障害の学習にお役立てください。
発達障害は生まれつきの
脳機能の問題による能力の偏り
発達障害は、生まれつき脳機能の発達に問題があることにより、注意が続かない、人とコミュニケーションをとることが苦手、読み書きが極端に苦手など、さまざまな特性があらわれる障害です。
日本では、2005年に施行された発達障害者支援法において「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」1)と定義されています。世界的な精神疾患の診断基準である『精神疾患の診断・統計マニュアル第5 版テキスト改訂版(DSM- 5-TR)』では、発達障害を内包する概念として「神経発達症」が使用されています。日本の法律で定義されている発達障害と神経発達症は厳密には異なる点がありますが、ほぼ同義で使用されています。
ADHD:注意力が続かずじっとできない
ADHDの主な症状は、不注意、多動、衝動性です。中心にあるのは注意力を持続できないという特性で、そのために不注意や多動が生じ、理性で欲望を抑えられず衝動的に行動してしまいます。日々の困りごととして、忘れ物が多い、片付けが苦手、スケジュール管理が苦手、授業中や会議中にじっとしていられない、相手の話を途中で遮る、順番が待てずに割り込む、一度話し出すと止まらない、などが起こります(表1)。
ASD:対人関係が苦手でこだわりが強い
ASDは、以前は別々の障害としてアスペルガー症候群、自閉症に分類されていましたが、現在ではこれらを包括した概念である「自閉スペクトラム症」へと変更されました。スペクトラムとは「連続体」を意味します。アスペルガー症候群と自閉症は共通の特性を持つ障害であり、その程度が異なることを示しています。
ASDの主な症状は、社会的コミュニケーションや対人関係が苦手、限定された反復的な行動パターン(こだわりが強い)の2 つです。社会的コミュニケーションや対人関係の苦手さは、他人の気持ちを察することが難しいという特性から生じます。こだわりの強さは想定外の出来事が起こると対応できず不安なため自分が作ったルールや生活パターンを守ることに執着する、興味を持つことが限定的になる、感覚が過敏になるなどの形であらわれます。感覚過敏には蛍光灯の光をまぶしがる、大きな音を怖がる、味に敏感で食べ物の好き嫌いが激しいなどがあります(表1)。
ASDの根本には、自分を客観的にとらえる力、すなわち「メタ認知」の困難があると考えられています。メタ認知は他人の気持ちを推測する機能にもかかわっており、この能力が低いと他人の気持ちを察することができずコミュニケーションがとりづらくなります。
LD:読む、書く、計算する能力のいずれかが低い
LDは、知的発達に遅れはないけれど、読む(読字障害)、書く(書字障害)、計算する(算数障害)などのいずれかが著しく低い障害です(表1)。代表的な学習障害であるディスクレシア(読字障害)では、文字が記号のように見える、ぐにゃぐにゃと動いているように見えるなど、文字を文字として認識できないため、内容を理解することや書くことが難しくなります。
発達障害は併存することが多い
ADHDとASD、LDは併存していることが珍しくありません。本邦の調査では、ASDのある5歳児87名のうち44名(50. 6%)にADHDが併存していたと報告されています2)。ADHDのある人がメモをとれなかったり、お金の計算が苦手なのは不注意に由来すると考えがちですが、よく聞くと文字を書くこと自体が困難な書字障害であったり、そもそも計算が極端に苦手な算数障害であったりします。発達障害同士の併存の他に、チック症*やてんかん、双極性障害、不安症、うつ病などの併存もよくみられます。
*素早い身体の動きや発声(まばたき、咳払い、鼻すすりなど)が無意識に表出する症状
DSM-5-TRの診断基準に基づいて診断
発達障害の診断は、DSM-5-TRの診断基準3)に基づいて経験のある医師が行います。
ADHDの診断項目としてはA~Eの5種類です。Aでは(1)不注意の症状9項目、(2)多動性・衝動性の症状9項目を挙げ、(1)と(2)のどちらか、または両方において6項目(17歳以上では5項目)以上が少なくとも6ヵ月持続し、それらが生活や学業、仕事に直接悪影響を及ぼしていることを確認します。Bでは症状が12歳になる前から存在していた、Cでは症状が2つ以上の状況(家庭、学校、職場など)でみられる、Dでは症状により社会、学校、職場での機能が損なわれている、Eでは症状が他の精神疾患で説明できないことを確認します。これらA~Eの5種類を全て満たしている場合にADHDと診断されます(表2)。
不注意の症状が6つ以上ある場合は不注意優位型、多動・衝動性の症状が6つ以上ある場合は多動・衝動優位型、不注意と多動・衝動性の症状がそれぞれ6つ以上ある場合は混合型に分けられます。
ASDの診断基準として、A.社会的コミュニケーションや対人的な相互関係に関連する持続的な障害がある、B.行動や興味、活動において限定された反復的な様式がある、C.症状が発達早期に始まる(後に明らかになることもある)、D.症状により社会的、職業的に重大な問題が生じている、E.これらの問題が知的発達の遅れだけでは説明できない、という5種類があります。これもA~Eの5種類を全て満たしている場合にASDと診断されます(表3)。
基本的に、DSM-5-TRの診断基準に合致するかどうかでADHDとASDの診断は可能ですが、知的障害の有無や程度を知るために知能検査が行われており、小児ではWechsler Intelligence Scale for Children(WISC)、大人ではWechsler Adult Intelligence Scale(WAIS)、などが使用されます。診断における脳波検査は一部クリニックで行われていますが、原則不要です。しかし、てんかんとの鑑別などのために補助的に行われることもあります。
グレーゾーンは診断には至らないが
発達障害の特性を持つこと
最近、発達障害のグレーゾーンという言葉をよく聞きます。グレーゾーンは、ADHDやASDの診断基準に完全には合致しないけれど、発達障害の特性を持っていることを意味します4)。
前述したように、発達障害の診断には「持続する症状により生活や学業、仕事に直接悪影響を及ぼしていること」が必須となります。その他の条件が生物学的な特性に関連するのに対し、学業や仕事への悪影響という条件は社会的であり基準があいまいです。グレーゾーンには、発達障害の生物学的な特性は有するものの社会的な特性が診断閾値には至らないため診断できないケースが多く含まれていると考えます。そのようなケースはこれまでは認識されづらい存在でしたが、職場のデジタル化やマルチタスク化など仕事で求められる能力レベルが上がって適応できない人が増えた結果、グレーゾーンとして注目されるようになったと考えています。グレーゾーンの人たちも多くの困難を抱えており、適切な治療とサポートが必要です。
発達障害がある人の「できない」という言葉を信じて欲しい
発達障害のある人たちは多くの生きづらさを抱えています。ADHDのある人は学業や仕事をうまくこなせないため進級や就職できないことがよくあります。就職できたとしても、求められるレベルの働きができないと「さぼっている」、「努力していない」と誤解され、続かないことが多くあります。家庭でも家事や子育てをスムーズにできないことが問題となり離婚に発展したケースをいくつもみてきました。ASDのある人は他人に合わせることができないため「面白くない人間」だと思われ、友達ができず孤独になりがちです。感覚過敏があると電車の中にいることが耐えられない、人が多く騒音のある場所に行けないなどから、行動範囲が限られ、それが仕事に影響することもあります。
発達障害のある人は、みんなにできることができない自分、同じ失敗を繰り返す自分を常に責めています。「やらない」のではなく「できない」ことを信じてもらえず苦しんでいます。発達障害のある人が「できない」と言っていることは本当に「できない」のであり、決して努力不足やわがままではないということ、強いこだわりや感覚過敏も少し我慢すれば済むことではないということを周りの人は理解して欲しいと思います。
発達障害と精神疾患系の二次障害の悪循環
発達障害のある人は、精神疾患系の二次障害(適応障害、うつ病、不安症、依存症など)を高頻度に発症することが知られています。発達障害がある人は、子供の頃から失敗体験を繰り返しているため、身を守るために過敏性や攻撃性が増していることがあります。また、物事を忘れるのが苦手という特性から心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症することもあります。それらが原因となって不安症やうつ病、依存症などの二次障害が発症すると、その影響で発達障害の特性が強まり、さらに失敗を招くという悪循環に陥ります(図1)。うつ病や不安症で診察に来た人に、本人も知らなかったけれど実は発達障害があったということも珍しくありません。この悪循環を成立させない、あるいは断ち切るためにも、早い時期に発達障害を見つけ、個々の要素にアプローチして改善させることが必要です。
発達障害の治療は困難を減らすことを目指す
発達障害の原因である脳機能の問題を根治させる方法はまだありません。しかし、心理社会的治療[環境調整、社会技術訓練(Social Skills Training;SST)、認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy;CBT)など]や薬物治療により困りごとを減らすことが期待できます(表4)。
本邦のADHDの診断・治療指針に関する研究会が発行している『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン第5版』5)では小児ADHDにおいて薬物治療は心理社会的治療が効果不十分であることを確認したうえで、併せて実施することとしています。ただし、大人のADHDでは失敗を繰り返してきた経験から挫折感や無力感が強いと心理社会的治療の導入が困難なことがあるため薬物治療の実施を同時に考慮することとしています。当院でも、大人のADHDで緊急性が高いと判断した場合には心理社会的治療と併せて速やかに薬物治療を開始します。
ADHDの薬物治療:症状や合併症に合わせて薬剤を選択
ADHDを適応とする治療薬には、中枢神経刺激薬であるメチルフェニデート、リスデキサンフェタミン(小児のみ適応)、選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるアトモキセチン、選択的α2Aアドレナリン受容体作動薬であるグアンファシンの4剤があります(表5)。メチルフェニデートとリスデキサンフェタミンは、覚醒作用があり依存性や乱用のリスクがあるため、登録医療機関の登録医師のみ処方可能です。
治療薬の使い分けについて、英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence;NICE)を含む海外のADHD診療ガイドラインではメチルフェニデートを最初に使用する薬剤として推奨していることが多いようですが、日本では薬剤を使う順番や使い分けについて明確な基準はありません5)。
当院では、これまでの研究報告を参考にしながら患者さんの特性と併存症を考慮して治療方針を立てています6, 7)。メチルフェニデートやアトモキセチンには不注意を減らして集中力をアップさせる効果、グアンファシンには衝動性を抑える効果を特に期待しています。状況によっては、これら3剤のいずれかを併用することもあります。双極性障害や統合失調症などがある場合、メチルフェニデートおよびアトモキセチンは症状を悪化させる可能性があるため注意が必要です。また、重症うつ病がある場合にメチルフェニデートは禁忌です。
ASDを適応とする治療薬はありませんが、感覚過敏がある場合には「小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性」を効能・効果とするリスペリドンを使用することがあります。
発達障害の治療全体の流れ
発達障害の治療は、前期、中期、後期に分けられます(図2)。
前期では、診断基準に従って診断し、必要に応じて知能検査などを行います。患者さんに自身の特性を理解してもらう疾患教育は、その後の治療の基礎となるので重視しています。同様に、医師と患者さんとの信頼関係(rapport;ラ・ポール)を形成することも重要です。薬物治療を行う場合は薬剤を選択し、薬剤の副作用と治療効果のバランスをみながら用量などを決定します。
中期では薬物治療を継続し、個別の課題対策として困りごとの対処スキルを無意識に行動できるまで定着させること(内在化)を目指します。発達障害の治療の中で最も重要なのは中期であり、年単位の時間をかけて対処スキルの内在化を積み重ねていきます。
後期では、自身で対処法を考え、学習していくことを目指します。この段階では、「これぐらいできればいい」あるいは「できないことがあっても仕方がない」と納得できるようになることが大切です。この心境に達すれば、困難に遭遇しても自己肯定感を失わずに対処できるようになります。薬物治療を続けるか否か、薬剤を減量するかどうかは、患者さんとの相談で決定し、必要に応じて2~3ヵ月に1度通院してもらいながら経過を観察します。
医学的な治療以外の支援として、必要に応じて発達障害者支援センターや就労移行支援事業所、発達障害デイケア、学生であれば学生相談室などを紹介し、精神障害者保健福祉手帳を取得する意志があれば手続きをサポートします。
発達障害がある人への薬剤師としての伝え方
発達障害の患者さんの多くは、ADHDの治療薬の他に、うつ病や不安症、不眠症の治療薬を使用しており、多剤併用になりがちです。また、コンサータは覚醒剤に類する薬剤で乱用や依存性のリスクがあるため医師の指示どおりに正しく服薬することが特に重要です。一方、発達障害のある人は、薬をどこに置いたか忘れてしまったり、時間通りに服薬するのが苦手であったりします。そのため、薬剤師には、発達障害のある人が正しく服薬できるよう、一包化を勧めるなどアドバイスしてくれることを期待しています。
発達障害があるからといって特別な伝え方は必要ありません。発達障害があることを認識したうえで、コミュニケーションに問題があっても「仕方がない」と受け入れてもらうことが発達障害のある人にとって最も安心できる対応だと考えます。
究極の治療目標は“生きていてよかった”と
思える瞬間を増やすこと
私が考える発達障害の治療目標として「できないことがあっても、仕方がない」と思えるようになるがあると考えています。そのためには、失敗したとしても精神的な消耗を減らすための合理的な行動を身に付けることが大切です。
しかし、それだけでは人生が楽しくありません。私は、治療のもう一つの目標として患者さんに「生きていてよかったと思える瞬間を増やすこと」と伝えています。発達障害のある人に「生きていてよかったと思ったのはどんな時ですか?」と聞くと、答えられない人が多いことに驚かされます。それほど発達障害のある人は生きづらさを抱えているのだと思います。
私が精神科医YouTuberとして発達障害について発信しているのは、世の人たちに発達障害を正しく知ってもらうことで、発達障害のある人が生きやすい社会を形成する一助になればと考えているからです。最近では発達障害について当事者が発信することが増え、よりカジュアルに語られるようになってきました。その風潮を懸念する声もありますが、私は発達障害について知る人が1人でも増えることは発達障害のある人達が生きやすい社会になるために喜ばしいことだと考えています。そのような社会で発達障害のある人たちも人生を楽しむことができるようになって欲しいと心から願っています。
【参考文献】
1) 発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号),
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/main/1376867.htm
2) Saito M, et al. Mol Autism 2020;11(1):35.
3) American Psychiatric Association (原著), 日本精神神経学会 (監修, 著). DSM-5-TR精神疾患の分類と診断の手引. 医学書院, 2023.
4) 国立精神・神経医療研究センター. かかりつけ医等発達障害対応力向上研修テキスト.
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/kenshu/dd_taioryokukojo_H29.html
5) ADHDの診断・治療指針に関する研究会(編). 注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン第5版.じほう, 2023.
6)Ostinelli EG, et al. Lancet Psychiatry. 2025; 12(1): 32-43.
7)林隆. 児童青年精神医学とその近接領域. 2020; 61(3): 278-288.
益田 裕介 氏
精神保健指定医、精神科専門医・指導医。防衛医大卒。防衛医大病院、自衛隊中央病院、自衛隊仙台病院(復職センター兼務)、埼玉県立精神神経医療センター、薫風会山田病院などを経て、2018年より早稲田メンタルクリニックを開業。診療中の患者さんの疾病・心理教育の補助のために始めたYouTube『精神科医がこころの病気を解説するCh』の登録者数は、令和6年11月時点で63万人を超える。オンライン上の患者会、家族会も運営。