全9回の「薬歴の達人」シリーズの最終回にあたるこの日のテーマは、「頭の中をPOSにするワーク」。新型コロナウイルス感染拡大防止のための自粛が、社会的に始まろうとしていた、2月23日。オンラインの受講も積極的に勧められ、現地でも全員がマスク着用で厳重な体制の中、熱心な講義とワークショップが行われた。

プロブレムを意識し早期発見後に適切なケアをプランニング

講義は、服薬指導においてはプロブレム(アセスメント)を明確に意識することが重要、と始まった。O情報は、アセスメントの根拠となる情報(アセスメントが正しいということを示す証拠)で、通常は患者から自発的に話してくれる内容ではないという。そのため、O情報をしっかりと薬剤師側から聴取する姿勢が重要とのことだ。
患者との会話の中では、患者のペースに翻弄されるのではなく、自分が何を意図しどのような情報を聞き出そうとしているのか明確に意識する。また、過去の回であったように、多くの点について一度に指導しようとしても、患者が内容を消化できないので、1回の指導機会で多くのプロブレムは扱わない。この観点から、できる限り早いタイミングでプロブレムを絞り、そのプロブレムのみを掘り下げていき集中することが重要という。
今回の講義で紹介されたのは、服薬ケア研究会で開発された「服薬ケアステップ」。薬剤師のケア効果向上のための技術として患者応対の手順を定めたもので、頭の中をPOS(Problem Oriented System)にする方法論である。プロブレムを見つけ、その解決のための適切なケアをプランニングする。この方法では、患者とのやり取りが今どの段階なのか、常に考えながらケアを組み立てていく。

7つの段階から成る「服薬ケアステップ」

服薬ケアステップは、①質問のジャブ、②気づき・掘り下げ、③プロブレムの推定(絞り込み)、④情報の追加と確認、⑤プロブレムの確定、⑥ケアの実施、⑦効果の確認、という全部で7段階がある(表1)。
服薬ケア研究会会頭の岡村祐聡氏曰く、実臨床では、③の段階で「プロブレムが決まった」と早合点し、④と⑤を飛ばしてすぐに指導を始めるケースが多い。ここで指導を始めた場合、O情報を収集せずに指導するので、アセスメント(A)が曖昧となり、薬歴を書く段階で時間がかかる。たとえ、③で「間違いなくプロブレムである」と思える状況であっても、それはあくまで「推定」としてとらえ、次の情報の追加と確認を行うが大切です」と、④の作業の重要性を強調する。
また、岡村氏は、④は②と混同しやすいことも付け加えた。特に注意すべきはおしゃべりな患者が相手の場合。そのおしゃべりに付き合いながらも、②と④のいずれの段階にいるのかを意識し、注意深く進めていく必要がある。

服薬ケア研究会提供

ワークショップによる実践

今回もセミナーの後半はワークショップ。提示された症例は表2のとおり。これに対し、服薬ケアステップに則り、服薬指導が実践される。以降は、本ワークショップ でロールプレイとして展開された内容である。

服薬ケア研究会提供

質問のジャブからプロブレムの推定(絞り込み)まで

①質問のジャブをしている中で、「受診されたきっかけは?」と問うと、「骨密度を測ってもらうため。友人との話題で興味を引かれた。結果はそこまで悪くはないとのことで、自分としては薬を飲まなくても良いと思っていたが、医師が、年齢的にそろそろ服用した方が良いと言っていた」との回答。ここから、積極的な受診ではなく、服用アドヒアランスについて懸念される。②気づき・掘り下げの開始だ。
さらに聞き出していくと、患者は「主治医の説明では、閉経後は骨密度が低下するとのこと。閉経後すぐに更年期障害が発症したためホルモン療法を実施したが副作用が理由で、1年程度で中止。症状もひどくはならなかった。今回の主治医からは『そこまで強い薬剤ではないし、いつの間にか骨折という可能性も考えて飲んだ方が良い』と言われた。でも病院を出て薬局に来るまでに改めて考えたら、骨に良い物も摂っているし、カルDを10年くらい飲んでいるので、骨粗鬆症薬は飲まなくても良いなとも考えている」とのこと。骨密度は、大腿骨が78%(若年成人比較)、98%(同世代比較)、腰椎は85%(若年成人比較)、105%(同世代比較)。
これらの情報から、③プロブレムとして、“患者本人はあまり薬を飲みたいと思っていないようだ”ということを推定(絞り込み)した。

情報の追加と確認

ここから、いよいよ④情報の追加と確認に移る。骨粗鬆症薬の服用に対する抵抗感について深く聞いてみると、「過去の更年期障害のときは婦人科でホルモン療法の服用方法や副作用について丁寧な説明があったが、今回の処方医は『ホルモンのような薬』という説明のみ。過去のホルモン療法の治療の際、ホルモン療法の発がんリスクについても聞いていたので飲むのが不安。」とのこと。また、先ほどの会話に登場した『骨に良い物も摂っているし』については、「チーズをおやつ代わりに食べている。納豆を1日1パック。野菜も体に良いからスムージーで。カルDは美味しいので10年ずっと食べ続けている。ネットでもカルシウムは大事で書いてあったし」。
これらの個別具体的な情報を聞いた結果、「骨へのケアが漠然としており、骨粗鬆症の骨密度の減少の機序や、それに対するエストロゲンやカルシウム、ビタミンの作用についてしっかりと理解している訳ではない」ということがO情報になる、と岡村氏は説く。聞いたままの個別具体的な情報が列挙してあるだけの薬歴では、記載者が何のためにそれらをO情報として記載したのか他者には分からない、という。

プロブレムの確定、ケアの実施

これでどうやら、⑤プロブレム(アセスメント)が「閉経後のエストロゲン代謝の違いによる骨密度の影響を正確に理解した上で、食事やカルDを摂っている訳ではない」と確定したようだ。このプロブレムに対するプランは、「それを理解してもらう」こと。
⑥ケアの実施として、ワークショップでは次のように話された。「処方医からの『ホルモンのような薬』という説明があったが、正確には過去の更年期障害の治療薬と今回のホルモン療法薬は異なる。今回の薬は、体内でホルモンを摂取したような状態にはなるが、ホルモン自体を補う訳ではなく、発がんリスクもホルモン療法とは異なる。閉経後のエストロゲンの減少は食事では補うことができない。だから、処方された骨粗鬆症薬を飲んでホルモンの働きを補うことは重要です」。

現場で瞬時に対応するための練習を

本ワークショップは、参加者のうちワーク席を希望した5名と、患者役を希望した1名で、数時間をかけて吟味しながら進められた。指導内容も参加者の考えと実演によるものである。
クロージングとして、岡村氏は、実臨床では、たとえば②の段階にいながらも、「もし今掘り下げている内容がプロブレムになるならばアセスメントは何だろう」と、先を想像しながら進めていくとうまくいくと解説した。また、今回のワークショップで実践された指導内容は、必ずしも正解ということではないと付け加えた。今回のロールプレイは、指導内容そのものの学習ではなく、あくまで方法論の実践という位置づけだ。
実臨床では、複数名で内容を吟味する時間など到底ない。しかし、現場で数秒のうちにステップや指導を頭の中で組み立てて正確な指導として実現するには、丁寧な練習を重ねることが大切とのことだ。