近年の夏の猛暑により、熱中症に関する情報は一般に認知されるようになりました。しかし、脱水症は、夏の熱中症の機序としてだけでなく、種々の臓器に影響を与え得る病態です。今回は、長年、脱水症に対する経口補水療法の有用性について研究されてきた、済生会横浜市東部病院患者支援センター長・栄養部部長の谷口英喜氏に、体液の基礎から経口補水療法の実際まで、脱水症について詳しく解説していただきました。

脱水症を考える前提
体液の量と役割

脱水症は体液の量が正常範囲を超えて減少した状態です。脱水症をより深く理解するために、まずは体液についての基礎知識から解説します。

【体液の量】
小児で体重の約 70%、標準的な体型の成人男性で約60%、成人女性で約50%、高齢者で約50%と言われています(図1)。体液は主に筋肉に存在し脂肪にはほとんど存在しません。そのため、脂肪の多い肥満の方は、標準的な体型の方よりも体重に対する体液量の割合は低くなります。また、高齢者では加齢による筋肉量の減少に伴い体液量が低下します。
人体の半分以上を占める体液は、細胞膜を隔てて細胞内液と細胞外液に大別され、体液全体における割合は、細胞内液が2/3、細胞外液が1/3です。また、細胞外液はさらに血漿と組織間液に分けられ、1/4が血漿、3/4が組織間液となります。つまり、体液量が60%の成人男性の場合、細胞内液は体重の40%、細胞外液は20%(血漿5%、間質液15%)ということになります(図2)。採血で得られる検査値は、血漿を評価しているものですから、全身の5%の部分を評価しているにすぎないということを理解しておくことが重要です。

【体液の役割】
体液は、栄養素や酸素の体内への運搬や、老廃物の体外への排出、細胞内でのエネルギー産生とたんぱく合成のほか、汗や尿として排出されることによる体温調節などの役割を担っています。人体は体液の働きにより生体の恒常性が維持されています。こうした体液の働きには、ナトリウムイオン(Na+)やカリウムイオン(K+)、リン酸イオン(HPO42-)クロールイオン(Cl-)などの電解質が重要です。細胞外液にはNa+、細胞内液にはK+が最も多く存在し、主にNa+の影響を受けた血漿浸透圧(張度)により、細胞内外の水の移動が規定されます。

血漿浸透圧の増加やADHの分泌に対する体液量維持のための調節機能
適切な体液量の維持には、いくつかの調節機能が関連しています。
まず、細胞内外での体液移動です。日常生活では主に細胞外液が先に喪失されますので、血漿浸透圧が増加し、細胞内から細胞外へ体液が移動します。体液が最も多く含まれる筋肉は、細胞外液が減少した際の「水分のリザーバー」として機能します。血漿浸透圧が増加すると中枢刺激による口渇感が出現します。この段階で飲水をすれば、細胞外液の水が補充され血漿浸透圧は低下します。細胞外から細胞内に水が移動し、細胞内外は等張の状態に戻ります。
また、抗利尿ホルモン(ADH)の分泌も体液量の維持に関連しています。血漿浸透圧が増加すると、視床下部、脳下垂体からADHが分泌され、腎臓の尿細管での水分の再吸収を促し、尿を濃縮して尿量を少なくするという調節が行われます。逆に水分の過剰摂取などにより、細胞外液の浸透圧が低下するとADH分泌が抑制され、腎臓からの水分の再吸収量は少なくなり尿量が増加します。このように、健康な状態では細胞内外での調節、神経系、内分泌系の調節により、体液の浸透圧や水分量の調節が行われ、身体の体液量は一定に維持されています。

水分供給と喪失
水分の出納バランスが崩れると脱水症に

健康な状態では、尿や便、汗だけでなく、呼気や粘膜、皮膚から意識しないうちに失われる不感蒸泄をあわせて、成人では1日に約2,500mLもの水分が失われます。その一方で、食物から1,000mL、飲料から1,200mLの水分を摂取し、さらに栄養素の代謝の際に生じる代謝水として300mL程度が産生されることで水分の出納バランスを保っています(表1)。しかし、激しい運動や暑熱環境下、発熱などによる発汗量の急激な増加や、下痢や嘔吐による体液喪失量の増加、飲食による水分摂取の著しい低下、薬剤摂取(SGLT2阻害薬、利尿薬、便秘薬、経腸栄養剤など)に よる影響などにより、前述の調節力をもってしても是正できない範囲となると、水分のINとOUTのバランスが崩れ脱水症となります。

脱水症の評価と分類
高齢者に多い慢性型と、熱中症などの急性型

日常臨床では、体重の変化量により脱水症の評価を行います。体重が60kg前後の成人では、1日のうちの体重の変化は1.4kg以内が正常範囲とされていますので、この範囲を超えて大幅に変動する場合には、何らかの体液の量的な異常が存在すると考えられます。日常の体重から正常の変動範囲を超えて体重が減少していれば、体液が喪失した状態、すなわち脱水症と考えられます。「正常の変動範囲を超えて」について、正常時の体重からの体重減少率が 3%未満であれば、脱水症がないか軽度、3~9%が中等度、10%以上が重度の脱水症と分類されます。
脱水症はその成因により慢性型と急性型に分類されます。慢性型は体液量が少ない高齢者に起こりやすく、長期にわたる摂食量および飲水量の低下や、湿度の低下に伴う不感蒸泄の増加などが原因と考えられています。急性型は、暑熱環境で起こる熱中症や、感染症で起こる下痢、嘔吐、発汗などに伴う大量の体液喪失が主要因です。

脱水症に伴う兆候の特徴
小児や高齢者で特に注意

成人では脱水症により細胞外液が喪失しても、すぐに細胞内液から体液が移動して細胞外液を補正しますが、細胞内液が少ない高齢者や、細胞外液が多い小児では脱水症に陥りやすくなります。また、環境面では、発汗により体液喪失が増加する高温状態だけでなく、不感蒸泄が増加する乾燥状態も要因のひとつです。
脱水症で出現しやすいのが、脳、消化器、筋肉の症状で す。脳の水分が枯渇すると立ちくらみや頭痛、集中力低下、意識消失がみられ、消化器の水分が低下すると、食欲低下や悪心、下痢、便秘といった症状がみられます。筋肉では筋肉痛やしびれ、麻痺、こむら返りなどの症状がみられます。
全年代で活用できる脱水症の早期診断方法を図3に示します。爪を押した後に色が白色からピンクに戻るまでの時間(毛細血管再充満時間)の確認などは比較的実施しやすい方法です。高齢者の場合、皮膚をつまんだ際の戻りの低下や 口腔内の乾燥、手足の冷感などがよく観察されます。
また、小児や高齢者では、脱水症の症状に伴う兆候に特に注意が必要です。小児では、諸症状の発現を言葉で表現することができませんので、急に元気がなくなる、機嫌が悪い、食欲がないという様子が観察されます。高齢者では、認知機能や記憶力の低下、日中に眠くなるなど生活リズムの変化、突然暴れたり大声を出すといった症状が出現することがあります。また、加齢とともに汗腺の機能が低下し、脇の下と額にだけ汗をかくようになりますので、正常な高齢者は、脇の下が湿っています。脇の下が乾燥している高齢者は、脱水の進行が疑われます。

コラム  脱水症と熱中症
近年の猛暑傾向に伴い、熱中症の発生が急増したことで、脱水症に対する意識は高まりましたが、一般には脱水症と熱中症が混同されている傾向があります。熱中症は「暑熱環境における身体適応の障害によって起こる状態の総称」と定義され、脱水症はその機序のひとつですが、脱水症自体は暑熱環境であるか否かにかかわらず発生する体液量の異常であり、熱中症とは分けて捉える必要があります。高齢者のほとんどは季節にかかわらず慢性的に脱水傾向にあると言えます。

まず経口補水療法で体液補正を行う
周術期の体液管理や化学療法にも

脱水症の治療では、体液補正を行う補水療法により、細胞外液を補充します。経口摂取が不可能な重症例では、水分補給輸液剤(5%ブドウ糖液など)や、等張性電解質輸液剤(生理食塩液、ハルトマン液、リンゲル液)、低張性電解質輸液剤(1~4号液)などの静脈内投与を行いますが、経口摂取が可能であれば経口補水液(oral rehydration solution:ORS)を用いた経口補水療法(oral rehydration therapy:ORT)で体液の是正を行います。ORSは小腸に存在するNa+・ブドウ糖共輸送体1(sodium-glucose transporter 1:SGLT1)*による吸収効率が最大になるように、ブドウ糖とNa+の濃度比率が1~2:1と、浸透圧が調整されています。
ORTは、もともとは開発途上国におけるコレラ罹患患者の下痢・脱水症に対して有効性が認められ、「経静脈的な輸液を用いずに水・電解質を素早く補給できる」ことで脚光を浴びた治療法です。世界的には脱水症のファーストチョイスの治療法はORTなのですが、日本ではどこでも輸液療法 を行える医療環境が整っていたことから、医療機関での治療にORTが導入されずに輸液療法に頼ってきました。しかし、ORTは、医療費や医療関係者の負担軽減、病院の混雑 緩和などに寄与する治療法と考えられます。近年の日本の医療を取り巻く状況を鑑みると、ORTのより積極的な導入が必要です。
ORTによる体液補正効果は非常に高く、現在では脱水症の治療だけでなく、周術期の体液管理や化学療法のハイドレーションにもORSが用いられるシーンが増えています。その一方で、まだORSが常備されておらず、輸液療法に頼る医療機関が多いのも現状です。なお、国内で発売されているORSは、Na+量などの成分が若干異なります(表2)。

※小腸に発現しているSGLT1により、ブドウ糖とNa+が一定の割合で結合した状態で浸透圧勾配が生じ、水分が能動的に体内へ迅速に吸収される。下痢を発症していてもSGLT1は正常に機能していることがわかっていることから、下痢の時もORSを積極的に摂取することが有効である。

コラム 水やスポーツ飲料では脱水症は改善されない理由
ごく軽度の脱水症であれば水やスポーツ飲料で対応可能ですが、それ以上の脱水症では不十分であり、ORSによる体液補正が必要となります。

【水】
大量の水を飲み続けると細胞外液が希釈され、低Na血症(希釈性低Na血症:水中毒)の症状が出現する。

【スポーツ飲料 】
電解質と糖質が含まれるが、ORSに比べて、電解質が少なく糖質が多いため、補水効果および補水速度が十分ではない。進行速度は遅いが、大量に飲み続ければ、水同様に低Na血症を発症する。また、高血糖や口渇感の増強を呈することもある。

コラム 手作りORSのレシピ
ORS製品や砂糖が手に入らない国や地域では、穀物や果物などを糖分として利用して補水液が手作りされています。日本でも家庭にある材料を使って簡単に作ることが可能です。

●手作りORSのレシピ
水:1,000mL
砂糖:20~40g(ブドウ糖10~20g)
塩:3g
(レモン1/2個分またはグレープフルーツ1/2個分の果汁)

※ブドウ糖を用いた場合に比べ、砂糖の場合吸収速度は低下する。飲みやすくするためにレモン1/2個またはグレープフルーツ1/2個分程度の果汁は添加可能。果汁なしの場合、市販の ORSとは異なりカリウムが含まれない。

経口補水療法の実際
効果的な実施のコツ

ORTを効果的に行うためには、ORTのコツを心得ておくことが大切です(表3)。また、症状が改善したら、速やかに通常食へ移行しORTを中止することも重要なポイントです。日常的にORSを摂取しているとNa過剰摂取になりますので、予防目的でORSを用いることは避けるべきです。脱水症になっていなければ、通常の水分補給は水やお茶で十分です。薬局などで定期的にORSを購入するような人には、本当に脱水症が存在しているのかをアセスメントし、摂取方法を 指導していく必要があります。

脱水症の前段階である「かくれ脱水」
適切な早期介入を

脱水症は、軽度の段階で補水などの対策を十分に実施できれば、熱中症や臓器不全などを予防することも可能な病態です。われわれは、重篤な脱水症を少しでも減らすことを目的に、自覚症状が認められないにもかかわらず血漿浸透圧値が基準値上限を超えた状態を、脱水症の前段階である「かくれ脱水*」と定義し、適切に介入することが非常に重要であることを広く一般に啓発しています。
適切なタイミングで適切な介入を行うためには、かくれ脱水の兆候を的確に捉えることが重要となります。われわれが行った自立在宅高齢者を対象とした脱水症の実態調査では、かくれ脱水の該当者が調査対象の20.7%にものぼりました。そして、この該当者について調査し、かくれ脱水スクリーニングのためのチェックシート(図4)を考案しました。13点以上の場合、かくれ脱水である可能性が高いと考えられます。より早期に脱水傾向を捉えて適切な介入を行うことは、重篤な脱水症への進展抑制につながると思われます。

*「かくれ脱水」とは、医学的に定義された用語ではなく、一般に軽度の脱水症の存在を分かりやすく伝え、熱中症をはじめとした重篤な脱水症を少しでも減らそうという目的で生み出された造語。

脱水症の負のスパイラルを断ち切る薬剤師は脱水症治療のキーパーソン
脱水症が発生すると、血液の水分量が低下し心血管疾患のリスクが高くなります。また、消化器への血流不足や、口腔・鼻腔・気管支粘膜の粘液量減少などから、感染症に罹患しやすくなります。感染症罹患による発熱や下痢、嘔吐は、脱水症をさらに増悪させることになります。こうした脱水症による負のスパイラルを断つことが非常に重要です。
さらに、諸疾患の治療において体液バランスが乱れた状態で薬を投与すると、薬効が十分に発揮されないばかりか副作用が増強されかねません。体液バランスの是正は、様々な疾患を治療する際の前提とも言えるかもしれません。
医療関係者は、諸疾患の管理や予防の観点からも、脱水症に目を光らせる必要があります。医療関係者の中でも薬剤師さんは、脱水症の初期段階で患者さんに接する機会も多いと思いますので、脱水症治療のキーパーソンと言えます。医師不在でも治療できるORTを実践するために、脱水症の正しい知識と方法を患者さんに指導していただけることを期待しています。