監修
埼玉県立精神医療センター 副病院長
成瀬 暢也 氏

かつては司法の問題とされていた薬物の乱用ですが、最近では刑事罰に問われず、より手に入りやすい処方薬や市販薬の乱用が増えてきています。市販薬の乱用は、特に10歳代の子どもにおいて年々増加しています。市販薬乱用の背景やその実態、乱用の頻度が高い市販薬、乱用や依存に至った患者さんとどのような姿勢で向き合うかについて、埼玉県立精神医療センター 副病院長 成瀬暢也氏にお話を伺いました。

「乱用」はルール違反な使い方 やがてコントロール障害の状態に

 薬物の乱用というのは、覚せい剤など法律に抵触するものを使用した場合や、処方薬や市販薬などを本来の使用目的ではない使い方をしたり、用法・用量を守らないなど、「ルール違反」といえるものがその範疇に入ります。薬物の乱用を繰り返していくと、徐々に薬物がなくてはならないものになり、問題が起きていても行動が修正できない、「分かっちゃいるけどやめられない」、というコントロール障害の状態、すなわち薬物への依存に発展していきます。

かつては覚せい剤やシンナーがメイン 今は処方薬や市販薬の乱用が増加

 過去、乱用される薬物は覚せい剤やシンナーなどが多かったのですが、近年、乱用される薬物は、医療機関での処方薬であるベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬、および市販薬など、入手しやすい薬物が多くなってきています。

 日本では1987年から全国の精神科医療施設に入院または外来で診療を受けた患者の実態調査がほぼ2年ごとに実施されています。2022年には「アルコール以外の精神作用物質使用による薬物関連精神障害患者」を対象に、1年以内に使用がある主たる薬物(現在の精神科的症状に関して臨床的に最も関連が深いと思われる薬物)の内訳が示されましたが、上位の睡眠薬・抗不安薬28.7%、覚せい剤28.2%に次いで、市販薬は20.0%も占めていました。年代別のデータとして10歳代では、市販薬の使用の割合が2016年は25.0%でしたが、2022年は65.2%まで増加しています(図1)

令和4年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)分担研究報告書全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査(研究分担者:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長松本俊彦氏)をもとに作成

市販薬は未成年にも簡単に手に入る そして、使っても捕まらない

 市販薬は、家庭内に日常的に存在し、高額ではなく、お酒やタバコとは異なり未成年でも簡単に購入できてしまいます。以前は薬局で市販薬を購入するといろいろと尋ねられることもありましたが、最近は、ドラッグストアの別店舗をはしごすれば同じ薬剤を同じ日に複数購入することも可能ですし、ネット販売なども含めると簡単に入手できる状況になっています。

 また、覚せい剤などとは違って違法性がないため「医薬品を使って何が悪いのか」というように、問題意識が低いことも特徴です。日本人は、遵法精神が高い分、逆に「使用しても捕まらない薬物であれば問題ない」と考える可能性が高い国民性があるとも考えられます。

乱用リスクがある6つの成分

 厚生労働省からは、乱用等のおそれのある医薬品として6つの成分が指定されています(表1)。日本の市販薬の特徴は、麻薬(オピオイド)であるコデインや、覚せい剤の前駆物質であるエフェドリンなど、さまざまな成分がカクテルのように含まれていることです。依存性の高さや健康被害などによりすでに医療機関で処方されなくなった成分も含まれており、これらの依存性物質が混合されることで依存性もさらに高くなるといわれています。

 先述の実態調査では、薬物関連精神障害患者が使用した市販薬について、成分別の割合も報告されていますが、その大半はジヒドロコデインでした(表2)。乱用や依存が問題となり得る市販薬の種類には、総合感冒薬、鎮咳薬、鎮痛薬、鎮静薬、睡眠改善薬、カフェイン製剤などさまざまです。

 製品として圧倒的に乱用が多いとされるのは鎮咳薬のブロンです。ブロンにはジヒドロコデインが含まれています。ジヒドロコデインは総合感冒薬のパブロンやルルなどにも含まれており、大量に服用すれば麻薬と同様に多幸感が得られます。また、ブロムバレリル尿素は、鎮静薬のウットや鎮痛薬のナロンエースなどに含まれています(表3)

 最近新たに乱用が増えているのが、デキストロメトルファンが含まれる鎮咳薬のメジコンで、デキストロメトルファンは総合感冒薬のコンタックにも含まれています。また、アセトアミノフェンなどは大量摂取で肝障害や腎障害を起こす懸念があります。睡眠改善薬のドリエルや鎮痒消炎薬のレスタミンに含まれるジフェンヒドラミンは、気分の安定や不安の除去を目的に使用されることもあります。このほか、カフェイン製剤も乱用されやすい市販薬です。

救急搬送や市販薬の空シート 行動の変化

 市販薬の乱用が発見されるきっかけとしては、大量服薬による“もうろう状態”が学校や家で気づかれるケースや、病院に救急搬送されるケースなどがあります。親が子どもの部屋に入ったとき、市販薬の空シートがたくさん散乱して倒れている子どもを発見することもあります。また、家出するなどの子どもの行動変化で、市販薬のまとめ飲みや自傷行為に親が気づくこともあります。薬を買うために親の財布からお金を抜き取ったことで発覚したり、万引きで捕まって問題になることもあります。

SNSで出回る乱用の情報 不安や憂鬱な気分を変えたい心

 市販薬の乱用はSNSの普及と関係しています。通常は、市販薬をたくさん飲むと気分が変わるといったことは知らないはずですが、インターネットやSNS上では「今日、〇〇(医薬品名)を〇錠飲んだ/キメた」「バッドになった(悪い気分になった)」「吐いちゃった」「たくさん飲むとこんな風にとべる」「お酒と一緒に飲むと効く」などといった情報が出回っています。

 これらの大半は、辛い気分や悪い気分を変えるための対処法です。不安や憂鬱で辛い時にまとめ飲みをしたり、休日の前にお酒と一緒に飲んだりと、辛い気分や悪い気分を変えるために市販薬を飲み始め、生きづらさが続くとやがて市販薬にハマっていきます。

依存症の背景にある6つの特徴

 こうした市販薬の乱用が常習化すると、コントロール障害の状態、すなわち薬物への依存に発展します。しかし、不安や憂鬱で辛い時は生きていれば誰しもがありますが、そこで市販薬を乱用するのはなぜでしょうか。

 薬物やアルコールなどの依存症の人に共通した特徴として、人間不信や自己否定の傾向が背景にあります。具体的には、6つの特徴として「自分に自信が持てない」「人を信じられない」「本音が言えない」「見捨てられる不安が強い」「孤独でさびしい」「自分を大切にできない」ということです(表4)

 人に悩み事を相談したり人の力を借りたりすることができないために人に癒されず、その代わりに依存できる物質を使って自分で自分を癒している。こうした行為は「人に癒されず、生きづらさを抱えた人の孤独な自己治療」です。

 自分の想いを安心して話せたり、自分を理解してくれる居場所が欲しいけれど、それがどこにもないので、ネット上で薄い繋がりをつくったり、過量服薬(オーバードーズ)や自傷行為、食べ吐き(過食嘔吐)などをしてしまいます。特に若い女性では、オーバードーズとともに、リストカットや過食嘔吐、自殺未遂などが同時に見られるケースが多いです。心の辛さを体の痛みに変換することで心の辛さを忘れようとしている。彼らにとってはこうした行為は、逆説的ですが自分が何とか生き延びようとするひとつの適応の形なのです。

オーバードーズは快楽や快感の追求ではない
それが必要と感じている心理がある

 オーバードーズをやめなきゃと思いながらも、命綱になっている市販薬を取り上げられたら生きていけない心境になります。市販薬を無理やり取り上げてしまうと、かえって自傷行為が増えたり、過食嘔吐が生じたりします。

 依存症はコントロールの障害です。「なぜそれをやるんだ」と責めることは、我慢が足りないという誤ったメッセージになってしまいます。そうではなく、どうしたら市販薬を飲みたい気持ちを抑えられるのかを一緒に考えていく必要があります。

 依存症の治療で「(薬物を)やめなさい」というのは禁句で、「今あなたにはそれ(薬物)が必要だったんだね」ということを認めてあげるところから始まります。当院のアンケート調査では、市販薬を乱用する理由は、「気分が良くなるから、快楽や快感を得られるから」という理由は3割にも満たず、「苦しさがまぎれるから」というのがほぼ倍の6割を占めていました。

 医療者の中には、依存症の患者はすぐに外来に来なくなると患者さんを否定する人もいます。最初から説教をされるために外来に通う人はいません。人間不信が根底にある患者を責めてしまったら、患者は外来に来なくなり治療はすぐに中断してしまいます。

患者の味方になる 「ようこそ、外来へ」

 当施設は、外来に来てくれた患者さんに「ようこそ。よく来てくれたね。不安じゃなかった?」という姿勢でかかわります。オーバードーズをやめるかやめないかではなく、「あなたは何をいま一番困っていますか」というところに焦点を当てて、患者さんが困っていることを応援するというスタンスで治療に臨みます。通称、「ようこそ外来」です。

 継続的に外来を受診してもらわなければ意味がありませんので、もしも初回の外来で「乱用したらダメじゃないか」と説教をしてしまったら、「この人も親と一緒だ」「わかってくれない」と感じて心を開いてくれることはありませんし、二度と外来を訪れてくれることもないでしょう。ですから、「よく来たね」「(診察は)親と一緒がいい?別がいい?」と尋ねます。親と別がいいという子どもは、親にも言えないことがたくさんあるのでしょう。「よく来たね」「何がしんどかった?」「どうなりたい?」というところに焦点を合わせれば、治療者と患者さんが対立せず、外来を訪れてくれます。

 患者さんにどうなりたいかをたずねると、「消えてなくなりたい」「死にたい」と答える患者さんも多いのです。

 「よくここまで生きてきたね」「今まで辛いことばっかりだったら、これから生きててよかったと思えなかったら割に合わないよね」と伝え、批判は一切せずに常に味方になり続けます。ただし、辛さへの対処法としてあまりよい方法とはいえませんので、「もう少し安全な方法に変えていけるといいね」ということが患者さんへの提案になります。

 たとえ親から言われて渋々であっても、「このままじゃいけない」と思うから外来に来てくれているのですから、これまで生きてきてくれたことと、外来に来てくれたこと自体を、外来スタッフみんなで「本当によく来てくれたね」とかかわるのが「ようこそ外来」なのです(表5)

「自分ひとりで何とかしなきゃ」幼少時の逆境体験

 患者さんが自分からは言わないこともありますが、虐待や父親から母親への暴力を目撃するといった小児期の逆境体験が多く、家の中が安心できる環境ではなかったというケースが多くみられます。そうした場合、患者さんは自分のことを相談したら、被害にあって憔悴している母親をもっと悲しませてしまう、「自分で何とかしなきゃ」とがんばらざるを得ません。そんな患者さんに「これまで一人で頑張ってきたんだね」と声をかけると、ボロボロと涙を流します。たった一人でなんとかしなければならないので、なおさら不安で人が怖くなりますし、自分が持っている力も発揮できないのです。ですから患者さんには、「一人で生きるのは限界があるんだよ」、「人に相談できる、人から癒されるっていうことがあると、もっともっとあなたの力を発揮できるようになるよ」と伝えます。

「本音が言えない」に対するアプローチから始める

 患者さんとは、人間不信や自己否定に関する6つの項目(表4)を一通り話しながら、「こういう人が多いんだけど、あなたはどう?」と尋ねていきます。多くの患者さんは、3つ目か4つ目の項目にさしかかると、目がうるうるとしてきます。6つすべて言い終わったときには、「全部当てはまります。どうしてわかるんですか?」といった反応が返ってきます。このプロセスはまるで外来での儀式のようにもなっています。年齢、性別、使用物質に関係なく、患者さんは皆同じような反応です。これまで誰にもこのような想いを理解してもらったことがない、ということがよく分かります。

 治療ではまず、「本音が言えない」というところからアプローチします。依存症の背景には人間関係の問題があり、患者さんは人間不信があっても実は人を求めている。けれども、どのように人と付き合ったらよいのか、どのように人にSOSを出していいのかが分からないのです。

 人から癒されるようになれば、物質に依存する必要性はなくなってきます。ですから外来での依存症の治療ではなんでも安心して話したり相談してもらえるような一対一の信頼関係を築いていくところから始めます。こうした関係性を継続していくだけでも、オーバードーズを手放していく人がいるのです。そして、その関係をゆっくり広げていきます。

グループでのプログラムは人への安心感ができてから

 薬物依存症は、外来でのグループワークもあります。週1回90分、全40回のプログラムです。同じ問題と目標を持った患者さんたちが集まり、ワーク時間の多くは「この一週間どうだったか」ということを話しています。プログラムの参加中にまたオーバードーズしてしまっても、治療の場が正直に話せる場所になっていて、その場に来ることができていれば、人とつながる方に向かって来ているといえます。患者さんが人に向かえば、薬物を遠ざけることができます。

 ただし、グループでのプログラムに参加した方がよいと思ってはいても、人の中では自分はどうしていいかわからない、恥をかいたらどうしようと、実際には怖くてなかなか参加することができない患者さんもいます。だからこそ、まず一対一で、人は怖いばっかりじゃないよ、傷つけるばっかりじゃないんだよ、安心して話してもいいんだよ、安心してもらえるようにかかわります。

根本にあるのは人間不信や自己否定
ハイリスクの子どもへの声かけや関係づくりを

 学校での薬物乱用防止対策の教育では、「薬物はこわい」、「薬物はダメだ」、「薬物に1回でも手を出したら人生が終わりだ」、といったような『ダメ。ゼッタイ。』というアプローチが主体です。そうしたアプローチでも、そうかダメなんだ、と理解して薬物に手を出さない子どもは多くいます。しかし、人間不信や自己否定の傾向がある子どもには、そうしたメッセージには耳を貸しません。ですから私は、「『ダメ。ゼッタイ。』だけではダメだ」と思っています。

 問題を起こす子どもを排除するような教育ではなく、むしろこうしたハイリスクの子どもにこそ声をかけてあげないと、そうした子どもはますます社会から排除されて、よくない方向に行ってしまうのです。普段から、ハイリスクの子どもに対して周囲の大人がなんでも相談できるような関係をいかにつくっていけるかが大切です。

 市販薬の乱用に関しては年齢層が低いこともあり、大人が適切に対応していけば状況の悪化が防げると思います。大人は得てして、頭ごなしに正そうとなりがちですが、そのもとにある「生きづらさ」がなくならなければ、別の問題に移るだけです。市販薬の乱用があったときには、生きづらさのサインが出ているのだととらえて、何らかの心のしんどさや辛い問題、ストレスを一人で抱えているのではないかと、受容的にかかわりながら、本音を話してもらえるような関係性を築いていくことができればよいのです。叱るだけの対応だとなおさら隠れて飲みますし、人から離れていってしまいます。

 薬剤師さんや薬局のスタッフさんは日々の業務が忙しいですから、何らかの問題を抱えた人の話を丁寧に聞いている余裕はないと思いますが、薬物を乱用する患者さんにはどのような背景があるのかを理解していただき、もし困っていることがあればどのようなところに相談したらいいのかを伝えてあげるだけでも、有効な支援になると考えています。

※記事で紹介している製品は取材内容や調査結果報告をもとに記載しておりますが、同一成分が一定の用量で含まれる他製品についても、大量に服用することで同様のリスクがあると考えられます。


成瀬 暢也 氏 プロフィール

順天堂大学医学部卒。埼玉県立精神医療センターに勤務後、25年以上にわたり依存症治療に取り組む。わが国で数少ない薬物依存症専門医。学会活動、講演、著書などを通して、患者の立場に立った依存症治療・支援の普及のため、精力的に活動している。現在、同センター副病院長。埼玉医科大学客員教授。最新刊に「厄介で関わりたくないアルコール依存症患者とどうかかわるか」(中外医学社)がある。