神経因性下部尿路機能障害
解説者 関戸 哲利氏 東邦大学医療センター大橋病院泌尿器科 教授
神経因性下部尿路機能障害は、中枢あるいは末梢神経障害が原因となって下部尿路機能 (蓄尿機能や尿排出機能)に異常が生じている状態です。以前は神経因性膀胱と称されていましたが、近年は神経因性下部尿路機能障害の名称が用いられるようになっています。今回は、東邦大学医療センター大橋病院泌尿器科教授の関戸哲利氏に、蓄尿と尿排出の仕組みを含め、病態について解説していただきました。
蓄尿と尿排出の仕組み
下部尿路機能には、尿を膀胱に溜める「蓄尿」と、膀胱から尿道を通して尿を排出する「尿排出(排尿)」の2つの働きがあります。
腎臓でつくられた尿は、尿管を通って膀胱に送られます。個人差がありますが、膀胱は約400~500mLの尿を溜めることができます。膀胱は尿量に応じて伸展しますが、この間、膀胱内は低圧状態が維持されるという特徴があります (低圧蓄尿)。膀胱の伸展の情報は、膀胱求心性神経から脊髄、中脳水道周囲灰白質を経て大脳辺縁系や島皮質、帯状回などへ伝えられ、私たちは尿意を感じるようになります。そして、前頭前野が蓄尿あるいは尿排出するかを最終的に判断します。尿排出の決定が下されると、脳幹部の橋排尿中枢のスイッチが入り、その情報が脊髄に伝わります。
下部尿路機能を制御する末梢神経は、骨盤神経(副交感神経)、下腹神経(交感神経)、陰部神経の3種類があります(図)。蓄尿に関しては、主に脊髄レベルで機能制御がなされ、交感神経の働きで膀胱の排尿筋が弛緩、膀胱の出口~近位尿道の内尿道括約筋が収縮します。さらに陰部神経の働きで外尿道括約筋が収縮し、文字通り水も漏らさぬ蓄尿機能が達成されます。尿排出に関しては、橋排尿中枢のスイッチが入ると、交感神経と陰部神経が抑制されて尿道が弛緩、副交感神経が活動して排尿筋が収縮し、その結果、残尿がなくなるまで勢いよく尿が排出されます。この際、尿道は弛緩していますので、膀胱内の圧力は高圧になることなく尿を排出することが可能です(低圧排尿)。
原因疾患と下部尿路機能障害による危険性
神経因性下部尿路機能障害は、下部尿路のメカニズムに関わる神経のどこかに障害が生じ、それが原因となって蓄尿や尿排出が上手くいかなくなっている状態です。患者さんの年齢は、子どもから高齢の方まで幅広く、男女差は原因となる神経障害によって様々です。
神経障害を引き起こす原因疾患は、脳血管障害やパーキンソン病、レビー小体型認知症などの大脳疾患、脊髄損傷などの脊髄疾患、二分脊椎や腰部脊柱管狭窄症、糖尿病、骨盤内悪性腫瘍などの末梢神経疾患の3つに大きく分けられます。
蓄尿機能障害としては、①排尿筋の不随意な収縮が生じる、②膀胱が硬くなって膨らみにくくなり低圧で蓄尿できなくなる、③尿道の閉鎖機能が低下する、といった障害が代表的です。一方、尿排出機能障害の代表的なものとしては、①排尿筋の収縮力が低下する、②尿道の弛緩が不十分になる、といったことが挙げられます。
下部尿路機能は正常な状態において低圧蓄尿、低圧排尿となっています。神経因性下部尿路機能障害の結果、蓄尿時や尿排出時に膀胱内が高圧になると、膀胱の変形や、膀胱から腎臓への尿の逆流、腎臓から膀胱へと尿が流入できずに腎盂・腎杯が拡張してしまう水腎症などが引き起こされることがあります。さらに高い確率で尿路感染症を合併するようになります。このように神経因性下部尿路機能障害は、腎機能低下や尿路感染症の危険を併せ持っているのです。
患者さんに合わせた排尿管理方法の決定
多くの患者さんは、何らかの原因疾患による神経障害によって蓄尿あるいは尿排出機能障害をきたし、当該疾患の診療科から泌尿器科にコンサルテーションが依頼されて受診に至ります。
診断あるいは排尿管理方法を決定するためには、尿流動態検査 (膀胱内圧測定、内圧尿流検査) が重要な検査となります。ただし、この検査は膀胱内圧、直腸内圧、括約筋筋電図、尿流量などを同時にモニターする比較的複雑な検査で、全ての泌尿器科医が精通しているわけではありません。
神経因性下部尿路機能 障害における泌尿器科医の役割は、一人一人の患者さんの状態に応じて、適切な排尿管理方法を決めることです。排尿管理方法は、主に自排尿、清潔間欠導尿、留置カテーテル管理(尿道留置カテーテルや膀胱瘻など)の3つがあります。低圧蓄尿、低圧排尿が可能であれば自排尿による管理を目指しますが、高圧蓄尿や高圧排尿の場合には清潔間欠導尿を考慮します。清潔間欠導尿とは、患者さん自身が尿道からカテーテルを入れて、膀胱が過伸展する前の低圧状態のうちに、残尿が残らないように定期的に尿排出を行う方法です。留置カテーテル管理は、清潔間欠導尿を行うことも難しい場合の最後の手段となります。
過活動膀胱の適用薬なども活用
自排尿でも清潔間欠導尿を実施する場合でも、薬物療法の必要性を検討します。
蓄尿機能障害に対する薬物療法には、主に抗コリン薬とβ3受容体作動薬を用います。抗コリン薬は排尿筋の不随意の収縮を軽減し、β3受容体作動薬は膀胱の緊張を緩和します。いずれの薬剤も膀胱容量を増加させる効果が期待できます。
尿排出機能障害に対しては、尿道の抵抗を弱めて排尿効率を改善させるために、α1遮断薬を用います。排尿筋の収縮力を改善させる薬剤としては、ムスカリン受容体作動薬やコリンエステラーゼ阻害薬などが用いられる場合がありますが、これらの薬剤の効果は限定的と考えられています。
神経因性下部尿路機能障害の保険適用薬としては、抗コリン薬のオキシブチニン塩酸塩(経口剤)やプロピベリン塩酸塩、α1遮断薬のウラピジルなどがあります。しかし実際には、患者さんの状態に応じて過活動膀胱に適用のある抗コリン薬のオキシブチニン塩酸塩(貼付剤)、イミダフェナシン、コハク酸ソリフェナシン、フェソテロジンフマル酸塩や、β3受容体作動薬のミラベグロン、前立腺肥大症に適用のある下部尿路選択的なα1遮断薬であるシロドシン、タムスロシン塩酸塩、ナフトピジルを用いることがあります。また、1剤では十分な効果が得られない時は複数の抗コリン薬を併用したり、抗コリン薬とα1遮断薬、あるいはムスカリン受容体作動薬やコリンエステラーゼ阻害薬とα1遮断薬を併用することがあります。
心身両面に影響する病態の認知と処方薬の理解
下部尿路機能障害は、重症の尿失禁により日常生活に支障を招くことでQOLを阻害し、ひいては人間の尊厳を損ねることにもなりかねません。排尿管理が円滑に行われなければ水腎症や腎盂腎炎の反復などで腎機能の低下を引き起こし、生命予後にも影響します。薬剤師の皆さんには、まずこのような患者さんの心身両面に大きな影響を及ぼす神経因性下部尿路機能障害について認知してもらいたいと思っています。その上で、排尿管理方法や処方薬に関する理解を深めてほしいと願います。