【監修】朴 成和氏 国立がん研究センター中央病院 将来構想担当副院長/消化管内科長/患者サポートセンター長

1970年以降、国内の大腸がんによる死亡者数は増加の一途を辿っています。手術が不可能な大腸がんには、薬物療法を実施して生存期間の延長をはかります。薬物療法の最新情報から、実施時の患者さんとの向き合い方、「患者力」の向上を目指した取り組みなどについて、国立がん研究センター中央病院 将来構想担当副院長/消化管内科長/患者サポートセンター長 朴 成和氏にお話を伺いました。

食生活の欧米化に伴い増加する大腸がん

大腸は、およそ1.5~2mの消化器官であり、盲腸、虫垂、結腸(上行結腸、横行結腸、下行結腸)、S状結腸、直腸、肛門管まで続いています。大腸がんの発生部位は、直腸が35%、S状結腸が34%、上行(じょうこう)結腸が11%、横行(おうこう)結腸が9%、盲腸が6%、下行(かこう)結腸が5%で、肛門に近い位置にある直腸とS状結腸のがんがおよそ7割を占めています(図1)。
本邦でも、食生活の欧米化などに伴って大腸がんは増加しており、部位別がんの罹患率は、全体(男女合計)では第1位、男性では胃がん、前立腺がんに次いで第3位、女性では乳がんに次いで第2位です(全国がん登録による全国がん罹患データ、2016年)。死亡率は、全体では肺がんに次いで第2位、男性では肺がん、胃がんに次いで第3位、女性では第1位となっています(人口動態統計による全国がん死亡データ、2018年)。
当センターの研究班による分析結果によると、2017年2月の集計時点で、大腸がんの5年生存率はStage Iが98.9%、Stage Ⅱが91.6%、Stage Ⅲが84.3%、Stage Ⅳが19.6%と報告されています。

かかりつけ医のためのがん検診ハンドブックより編集部作成

術後の再発予防や治癒が困難な場合の薬物療法

大腸がんに対しては、切除が可能であれば原発巣と転移巣の手術を行うのが基本です。Stage Ⅲや高リスクのStage Ⅱの大腸がんには、再発予防を目的として「術後補助化学療法」を行うこともありますが、その場合、術後補助化学療法を行うことによる治癒率の向上だけでなく、手術のみで治癒する(術後補助化学療法が不必要)可能性や薬物療法による副作用について患者さんと十分に検討します。
一方、Stage Ⅳや再発のうち治癒切除が不能な大腸がんでは、がんの進行を抑えることを主目的とし、それによってがんによって生じる症状の発症を遅らせたりコントロールして生活の質を維持するために薬物療法を行います。つまり、ここでの薬物療法は、治癒ではなく延命が目的です。
治療は、「大腸癌治療ガイドライン医師用」(最新版は2019年版)に記載されている標準治療の中から選択します。治療ガイドラインは臨床試験などの世界中の努力の結晶ですので、標準治療は今のチャンピオンということができます。実臨床では、そのチャンピオンデータを再現することを意識すべきであり、ガイドラインに記載された標準的な治療やケアを下回ってはなりません。
大腸がんの薬物療法は、いずれの治療法でも多くの方に副作用が発現しますが、治療を中止すればほとんどの副作用は治まります。一方、薬物療法を実施する切除不能の大腸がんの進行は、取り返しがつかないことが少なくありません。合併症などの明確な理由がない限りは、強い治療から始めることが一般的です。まずは、強度と効果が高い治療から開始し、副作用コントロールのための最大限の努力や工夫をします。それでも重篤な副作用が防げない、または患者さんが納得できない場合には、薬剤を減らします。逆に、弱い治療から始めても、何らかの副作用が出るために、強い治療に移行することは難しいことが多いです。

Stage Ⅱ、Ⅲの術後補助化学療法
フッ化ピリミジン単独かオキサリプラチンを併用

手術により治癒切除が行われたStage Ⅲの大腸がんでは、術後補助化学療法が適応となります。術後補助化学療法では、フッ化ピリミジン系薬剤の単独療法、またはフッ化ピリミジン系薬剤にオキサリプラチンを併用するレジメンがあります(表1)。治療期間は6カ月ですが、オキサリプラチン併用の場合には3カ月でもいいとの報告があります。
Stage Ⅲだけでなく、再発リスクが高いStage Ⅱの大腸がんに対してオキサリプラチン併用レジメンが用いられることも多いです。また、再発リスクが低いStage Ⅱに対しては、フッ化ピリミジン系薬剤単独、またはそれも不要ではないかという見解もあり、医師によって判断が分かれます。
術後補助化学療法は、再発リスクを抑制して治癒率を高めることを目的としていますが、Stage Ⅲでも手術のみで治癒する患者さんの方が多く、それらの患者さんにとっては、薬物療法は不要であり、ただの毒でしかないとも言えます。ただし、どの患者さんが手術だけで治るかを見極めることができないため、全員に術後補助化学療法についてご説明せざるを得ません。このように、治癒率向上のメリットと副作用のデメリットをよく考える必要があります。
術後補助化学療法のエビデンスの基盤となった臨床試験のプロトコルには、減量、休薬、再開の基準が記載されており、治療にあたってはそれを遵守すべきですが、必要以上に安易に減量や休薬を行うと治療効果が低下することもあります。私自身は、術後補助化学療法の実施を決定した後は、治癒率を少しでも高めるために、減量や休薬はなるべく避けたいと考えています。そのためにも、治療の継続においては、支持療法の実施も含めた副作用のマネジメントが大切です。
例えば、2週間に1回の治療を選択された患者さんから、「治療を3週間に1回にしたいが大丈夫か」などと尋ねられることもありますが、医師側の判断基準からみて現状の治療の継続が可能と思われる場合には、3週間に延期する必要性はないとお伝えしますし、やむを得ず治療スケジュールを変更する場合にも、治療効果が低下する可能性については必ずご理解いただくように大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版より編集部作成しています。

大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版より編集部作成

Stage Ⅳ 一次と二次のベースは
5-FUにオキサリプラチンかイリノテカン

切除不能進行再発大腸がんでは、一次治療、二次治療の基本は、フルオロウラシル(5-FU)をベースとした治療です。5-FUの投与方法は、静注投与と経口投与の2種類があります。5-FUの静注投与を選択した場合には、約48時間の持続静注を要する煩雑さがあります。一方、経口フッ化ピリミジン系薬剤としてカペシタビンやS-1を選択した場合は、それぞれ副作用として手足症候群や口内炎・下痢の生じるリスクが高くなります。こうした投与方法や薬剤ごとのメリットとデメリットを説明した上で、患者さんに選択していただきます。
5-FUの投与方法を決定した後、オキサリプラチンを併用するか、イリノテカンを併用するかを検討します(表2)。オキサリプラチンとイリノテカンは、どちらから先行しても、その後の二次治療では一次治療で使用していない方の薬剤を使用することが基本であり、オキサリプラチンとイリノテカンのいずれのレジメンを先に行っても、治療効果は同様だということが報告されています。
イリノテカンでは白血球減少症や下痢などが起こりやすいものの、概ね投与中止後2週間ほどで消 失します。一方で、オキサリプラチンではしびれなどの末梢神経症状が数年間遷延することもあります。オキサリプラチンの併用を先行して、末梢神経症状が残ったままイリノテカン併用療法に移行するのか、イリノテカンによる副作用が消失した後にオキサリプラチン併用療法に移行するのかを考えると、私個人の好みとしては、イリノテカン併用を先行する方が好ましいと感じています。ただし、嘔気や脱毛はイリノテカンが強いなどの理由でオキサリプラチンを好まれることも多いです。

大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版より編集部作成

遺伝子変異や原発巣占居部位からベース治療に併用する分子標的治療薬を選択

5-FUやオキサリプラチン、イリノテカンといった化学療法と併用する分子標的治療薬には、ベバシズマブなどの抗VEGF抗体薬や抗VEGFR抗体薬と、セツキシマブ、パニツムマブの抗EGFR抗体薬があります(表3)。
抗VEGF抗体薬と抗EGFR抗体薬では、腫瘍の縮小効果は抗EGFR抗体薬の方が高いため、大きな腫瘍を早期に縮小したいといった短期効果を目標とした場合には抗EGFR抗体薬、腫瘍量が小さく、治療が長期戦と見込まれる場合には抗VEGF抗体薬を選択するなどの治療戦略がとられることが一般的です。
ただし、抗EGFR抗体薬は、RAS(KRAS/NRAS)遺伝子が野生型の場合にのみ使用が可能です。また、原発巣の占居部位が左側(下行結腸、S状結腸、直腸)であれば、右側(盲腸、上行結腸、横行結腸)よりも効果が高いことが報告されています。

大腸癌治療ガイドライン医師用2019年版、がん診療レジデントマニュアル 第8版、各製品添付文書より編集部作成

三次治療以降ではFTD/TPIやレゴラフェニブ

三次治療以降では、殺細胞性抗がん薬のトリフルリジン/チピラシル塩酸塩(FTD/TPI)やマルチキナーゼ阻害薬のレゴラフェニブ(表3)がよく使用されています。FTD/TPIの使用時には、白血球・好中球減少症といった血液毒性のほか、吐き気やだるさを強く訴える患者さんが少なくなく、対応に難渋することがあります。「制吐薬適正使用ガイドライン」では連日内服する経口抗がん薬に対する制吐薬のエビデンスがないため、臨床現場では工夫しながら対応しています。
レゴラフェニブ投与時には、手や足の皮がむけるなどの手足症候群が起こるため、スキンケアも実施しますが、十分であるとはいえません。また、足の皮がむけている患者さんに、足を締め付けるよう な靴を履かないよう指導します。足の指の壊死した糖尿病患者さん用に、刺激が少ない中敷きを用いた医療用の靴などが製造販売されていますが、そのような医療用の靴を紹介するなど、今後の対応には改善の余地があります。

免疫チェックポイント阻害薬の登場
第三段階に入りつつある薬物療法

使用可能な薬剤が5-FUのみであった時代から、イリノテカンやオキサリプラチン、分子標的治療薬が登場し、三次治療や四次治療も可能となった大腸がんの薬物療法は進歩しており、進行再発大腸がんの生存期間の中央値は30カ月程度にまで延長してきました。
そして近年、免疫チェックポイント阻害薬の登場により、大腸がんの薬物療法は第三段階に入りつつあります。
遺伝子変異などに基づくPrecision Medicine の観点からは、BRAF変異のある大腸がんに対するBRAF阻害薬や併用療法も開発されています。ただし、この適応となる対象例は少数です。また、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)の患者さんに対する二次治療以降で、免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブが使用可能となっています。ただし、これも適応となる患者は多くありません。大腸がん領域ではPrecision Medicineによって、多くの患者さんが恩恵を受けるような研究成果はまだ見受けられていませんが、今後、多くの患者さんに対して新たな扉が開くような治療法に期待を寄せています。分子標的治療薬に免疫 チェックポイント阻害薬を併用することで良好な成績が報告され始めています。

薬物療法開始の前に患者は悩む
迷っている間は決して開始しない

大腸がんの薬物療法には副作用がつきものですので、患者さんに十分にご説明しますが、それによって薬物療法を開始するかどうか迷われる患者さんは少なくありません。その際、私は、「今あなたは薬物療法をしていないレールに乗っています。ご自身で明確に治療を開始するとおっしゃらない限り薬物療法は開始できません」というように、患者さんが迷っている間は絶対に薬物療法を開始できないことをお伝えしています。患者さんが迷われているときに、「迷っている間は、薬物療法は開始できない」ことを明確にして、再度検討していただくように促すと、多くの場合は患者さんご自身が意思決定をされています。
また、副作用の発現状況には個人差があり、実際に治療を開始してみないとどの程度の副作用が現れるか、分からない部分もあります。「多くの患者さんが十分耐えることができています」、「途中で治療を変更することも可能ですよ」と伝えながら、なるべく患者さんから治療への意欲が出てくるような関わり方を心がけています。
このように、エビデンスに基づいた医師の見解をお伝えした上で、提示した治療法のデメリットについてもご了解をいただければ、患者さんの同意をいただいた治療を開始します。

薬物療法開始後に迷うことも
効果と副作用を十分に考えてもらう

副作用をできるだけ軽くするように注意を払いながら薬物療法を開始しますが、それでも副作用を完全になくすことはできず、途中で治療を継続するか、中止するかを悩む大腸がんの患者さんも少なくありません。実際に、「治療を休みたいが大丈夫か」と問われる方もいますが、「大丈夫だ」などと言えるはずがありません。私は「患者さんが迷っている段階では、治療を継続する」との方針を明らかに提示しています。それでも治療を休ませてほしいと申し出があった場合には、「とりあえず当日の治療は休む」ことはありますが、「次の外来では、患者さんが明確に治療をやめたいと言わない限り治療を再開する」ので、「本当に治療をやめたいのであれば、明確に『やめたい』と言っていただきたい」とお伝えしています。
もちろん、重篤な副作用の発現など、医学的な判断で中止すべきときは、薬物療法を中止します。また、臨床試験での減量・休薬基準に該当するような副作用が出た場合には、しっかり減量や休薬する必要があることは言うまでもありません。

薬物療法の副作用のケアは通常の生活のケアと同じと考える

大腸がんの薬物療法においては、起こり得る副作用をもれなく全て説明するだけでは、患者さんが必要以上に心配してしまうこともあります。そのため、患者さんに不安感を与えないよう、世界中の患者さんが実施できている治療であること、副作用が起こっても自己管理が可能であることをまずはお伝えし、できるだけ普段どおりに生活して いただけるような説明を心がけています。
治療中、「どのようなときに病院への連絡や来院が必要か?」といった質問をしばしば受けますが、「薬物療法を開始する前の普段と同様の基準で考えていただいてかまいません」とお答えします。「抗がん剤を受けていなかったときでも、例えば二日酔いのときの気持ち悪さや、軽度の発熱や下痢 は経験されたことはあったでしょうが、そのたびに緊急で病院を受診されることはなかったと思います。薬物療法によって吐き気や下痢の発現頻度は高くなりますが、それぞれの症状の持つ危険性は、抗がん剤を受けているか否かで大きな違いはありません。まずは、担当医からもらっている対症薬を試すことから始め、それでもコントロールできない場合にはご相談ください」ともご説明しています。

「患者力」を向上させる効果的な服薬指導に期待

副作用が発現した際は、支持療法の薬剤を患者さんご自身で服薬していただくことになりますので、その旨を医師からあらかじめお伝えします。その後、当院では、副作用の予防や対処について、薬剤師が指導します。軟膏やクリームのぬり方、テープの巻き方など、症状に対するケアについては、看護師が実践的な指導を担っています。副作用の種類によっては、発現前に予防することが重要なものもありますので、そのケアもしっかりと行っていただくようお伝えします。
大腸がんに限らず薬物療法では、いわゆる「患者力」を向上させ、できる限り多くの患者さんが、自己管理できるような取り組みが必要です。患者さんの理解度に応じてポイントを押さえた指導ができているか、また、説明や指導を行った内容がきちんと守られているかの確認など、服薬指導のチェックリストを作成されることも有用だと思います。指導内容を改善して、患者さんが早期に自立できるプログラムを考えていただくことを薬剤師さんに期待しています。
また、少し経営的な視点になりますが、がん患者さんの数が増え続ける中、ひとりの患者さんに看護師や薬剤師が長時間をかけて手厚く対応することは現実的ではありません。丁寧な説明だけでなく、理解度に応じて説明を短時間にするなど、適正な資源配分を行うことで、より多くの患者さんをケアすることができます。規模の小さい病院では専従の薬剤師さんが確保できないこともあり、また現状の業務で手一杯であれば次の新たなケアを生み出すこともできません。服薬指導においても、さまざまなノウハウを効率化して、さらなる発展を模索していかなければなりません。

次のプレイヤーを意識したチーム医療
プラスアルファを生み出せ

大腸がんに対し薬物療法を実施する上での大きな目標は、患者さんに少しでも長く良い時間を過ごしてもらうことです。これは、医療者間では、ある程度共有できていると感じています。今後は、ラグビーの試合のように、それぞれの役割分担の中で自分の役割を果たすだけでなく、次のプレイヤーを意識して、次の人がプレイしやすいようなパスを出す、といったチーム作りが必要です。われわれ医師も薬剤師さんがプレイしやすいようなパスを出したいと思いますし、薬剤師さんにお任せする局面では、その局面をどう展開するかを薬剤師さんご自身で考えていただき、常に前を向いて進んでいくチームを目指したいところです。
薬剤師さんは、能力があるので免許を取得されま した。その免許の誇りと責任とともに、常にチャレンジする気持ちを持っていただくことを期待しています。医師の指示を受けるだけでなく、手順書などに基づいた標準的な対応でうまくいかなかった場合などに、例えば「患者さんの吐き気が強いので、薬Xを追加していただけませんか」というように、患者さんの状態を観察して具体的な処方を提案するなど、ご自身の能力を最大限に発揮していただければ嬉しいです。本稿を読まれて、手がけている業務を効率化して学びや研鑽の時間を捻出し、プラスアルファのケアを工夫する余地を生み出すことも、心がけていただければ幸いです。

お役立ちツール

Japan Hokuto Oncology Practice
Enhancement (J-HOPE) Program

一般社団法人オンコロジー教育推進プロジェクトが実施する、教育研修プログラム。
日本のMedical Oncology(腫瘍内科)の未来を切り拓くために、(1)臨床現場における問題点や課題を浮き彫りにし、(2)解決に向けた積極的なディスカッションを行い、(3)国内外に発信できるエビデンスの構築を目指す。
これまで、医学研究者の育成プログラム、副作用マネジメントチームの構築プログラムなど、チーム医療や看護師、薬剤師向けの副作用対策、Beyond Evidenceをテーマとしたセミナーが実施されてきた。2020年からは、患者力向上のためのプログラムも開始されている。

http://www.jhope.jp/index.html
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