心房細動は、“建て増し型”の心臓の宿命か?
進化の過程で魚類が陸上に進出する際、鰓呼吸から肺呼吸に適応する体づくりが行われました。肺の発達はもちろ ん、心臓も進化させる必要が生じました1)。魚類の心臓は1心房1心室で、脊椎動物の中では最も単純なつくりをしています。二酸化炭素を多く含む静脈血は、心房から心室を経て鰓に送り出されます。鰓で酸素を取り込んだ血液は心臓に戻らず、直接、全身に送られます。
一方、陸に上がった脊椎動物は、重力に逆らって全身に酸素を含んだ血液を送り届けるため、強力なポンプが必要になります。幼生時代は鰓呼吸で水中生活をし、成熟すると変態して肺呼吸になり陸上生活を営む両生類では、心房が2つに分かれて、2心房1心室の心臓となりました。酸素を含んだ動脈血は肺を経由して左心房に入り、全身から戻ってきた静脈血は右心房に入ります。しかし、心室は1つですから、動脈血と静脈血が混じり合い、酸素と二酸化炭素の交換という点ではあまり効率がよくありません。そこで、肺呼吸のほかに皮膚呼吸も行っています。皮膚呼吸では体表面に生細胞を露出させて空気を出し入れしており、生細胞が生きるためには水分が必要なため、両生類は水場を離れることができません。
爬虫類も2心房1心室ですが、心室を2つに分ける壁が不完全ながらも存在します。両生類よりも肺と心臓が強くなったため、皮膚呼吸をする必要がなくなり、より陸上生活に適応しているといえます。鳥類と哺乳類は、左右の心房と左右の心室の4つの部屋に完全に分離された2心房2心室の心臓を持つようになり、動脈血と静脈血が混ざらないので、効率よく酸素と二酸化炭素の交換を行うことができます。
この心臓の進化で注目すべき点は、元の魚類の心臓を一新させたものではないということです。東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 器官システム制御学講座 分子細胞循環器学の古川哲史教授は、陸生化に伴い様々な器官が2つのパターンのいずれかで進化発生を遂げたと指摘しています2)。1つは、器官を一新させたもの(建て替え[scrap-andbuild]型)で、肺(鰓が退化し、肺が発生)や腎臓(塩分排泄型の中腎が退化し、塩分保持型の後腎が発生)などが挙げられます。もう1つが、元の器官に新領域を付け加えたもの(建て増し[add-on]型)で、前述の心臓や脳などが該当します。
そして、古川教授は「建て増した建物ではつなぎ目が雨漏りの原因となるように、建て増し型進化発生を遂げた器官でも、新旧領域の境界が様々な疾患の起源となる」と述べ、その代表的疾患として心房細動と不整脈原性右室心筋症を挙げています。もしかすると、心房や心室を隔てる壁に穴が開く中隔欠損症など、心臓の先天性疾患が多いのも、建て増し型の進化発生に遠因があるのかもしれません。このような発生学的視点を取り入れた疾患の理解は、薬物開発のアプローチの1つとして有効だと考えられます。

1)大石正道: 比較内分泌学 2008; 34: 109-136
2)古川哲史: JPN. J. ELECTROCARDIOLOGY 2015; 35: 65-71